今月のウクライナ-97

TV をつけたら既に 9 回表、いきなりの局面が飛び込んできて、驚いた!
メキシコの攻撃場面!点差はわずかに 1 点!
で、スリーアウトを取っていきなり大谷クンが打席に立つと
いきなり初球打ちの二塁打!
塁上で吠える吠える!
で、吉田が歩いて次に出てきたのが三冠王こと WBC のストッパーこと村上!
でででででここにきてでました!!!9 回裏のサ~ヨ~ナ~~~~~ラ!!!

こんなに短時間で効率よく感動するのもコスパ的に最高だわ!


さて、巷で我々が大騒ぎしているとき、
岸田総理がこれまたいきなりウクライナへ!
NHK のお昼のニュースは準決勝利の一言も出ずにこれ一色。

東部戦線は一体どっちが優勢なのか、皆目分からない。
当初からバフムトの戦略的価値は無い!と言っていたはずなのに、
何故か防御に固執するゼレンスキー。
ウクライナ軍の参謀連中も徹底抗戦~徹底防御を主張しているようなので、
やはり何か裏がありそうだ。
一般的には
「敵に肉弾攻撃を繰り返させ、消耗させる」という説が流布しているが、
やはりそうなのか?
今春の花粉も凄くて 1 日 に 1 箱のティッシュが消耗するが、
ロシア兵の消耗はそれどころではないようだ。
ネットでは、木の棒を持たされて突撃するロシア兵の姿も出回ってる。
とうとうスコップも無くなったのか?

習近平が仲介役を買って出る可能性があるが、上手くいくか?
フィンランドの NATO 加盟は固いようだ。スウエーデンを差し置いて。
フィンランドが NATO に加盟したら、
ロシアは NATO に介入の口実を与える行動はますますとれなくなる。
エルドアン、大地震のせいで、次の大統領選が不透明になってきた。
エルドアンがコケればスウエーデンの加盟は早まるのだろうか?

春の泥濘期が終わればウクライナ軍の反転攻勢、と言われているが、
その前にロシアが大攻勢をかける予定であったはず。
で、これまでのが「大攻勢」とやらであったとすれば、
今後のロシアの攻勢は中攻勢か小攻勢かにならざるを得ないはず。

結局のところ、ロシアは獲得したウクライナ領土の多くを奪われて
講和の席につくことになる、という形になるのだろうか?
その場合、
プリゴジンを始めとする強硬派がプーチンに対して反旗を翻す可能性もある。
それを防ぐためにも、彼の部隊を消耗させているのだろうか?
毛沢東が昔よく使った手だな!
ホントに粛清するかどうかは分かりませぬが・・・。

さて、少し長らくトルコ系の伸長~拡散に関して勉強しておりました。
次回から、お勉強した結果を書いていきたいと思います。

まりこクンのお別れ会

去る日曜日は 2 月 26 日ということで、
お昼の NHK BS では二二六事件の特集をやってました。
以前に見たものと同じでしたが、センセはドキュメンタリー番組が好きなので、
二度見しました。2 時間かけて・・・。
で、普通に面白かったです。

で、夜の 10 時からは NHK の総合でウクライナへのロシア侵攻 72 時間、
とかいう番組をやっていた。
これは再放送ではなくて新しいものだ。
で、見てたが、すごく出来が良いドキュメンタリーだ!と思った!

センセはドラマとかほとんどというか全く見ない。
見るのはニュース、ダーウイン系の動物番組や自然科学番組、
NHK BS でよくやってる近代史のドキュメンタリーとか・・・。
今の季節だったら女子カーリングやアルペン競技。
今週末からはいよいよ女子プロゴルフトーナメントが開幕!
というカンジ・・・。

で、「ウクライナ 72 時間」であるが、
NHK のドキュメンタリー番組の中でも出色の出来だと感じた。
これまでの普通のニュースでは
全く触れられてこなかった実情が明らかとなっただけでなく、
ネットで飛び交う虚実ないまぜの与太話もぶっ飛ぶばかりのハナシも混じり、
目からウロコ!の内容であった。
センセのブログも逃げずにとどまったゼレンスキーを称えておりますが、
彼だけでなく、一丸となって戦う決心をしているウクライナ人に感動した!
当事者たちの強い意思があって初めて周りが手を差し伸べてくれるという
当たり前のことが明らかになったということだ!

当たり前であるが・・・。

いくさが終わったら、是非、日本に向けて、
国民全員の爪の垢を大量に送って頂きたい!
グラム千円くらいでも飛ぶように売れることであろう!
国家復興のお役に立てて下され!


さて、2 月 15 日に春日まり子(旧姓長山まり子)さんのお別れ会を行いました。
彼女は入社して 5 年になりますが、
その間結婚もされ、いよいよおめでたということで、退社の運びとなりました。

20230215_152612.jpgもうマスクを外してもいいコロナ、ということで、
今回は誰も顔を隠しておりませぬ。
いつも血色の良いセンセ!
大豆麹乳酸菌発酵液のおかげです!


20230215_152614.jpgセンセから花束贈呈。マリちゃんおめでとう!
元気なお子さんの誕生を期待しております!


20230215_152819.jpgマリちゃんから研究所のみんなにプレゼント!嬉しそうな前沢さん。
センセには、たぶん、お酒かと・・・。


20230215_152936.jpg表に出てみんなで写真撮影。少し逆光でまぶしかった。
左から中山センセ、まりこさん、妹の長山ゆり子さん、座ってるのが岡田クン、前沢さんと清水美帆さん。


集まり散じて人は変われど(センセの出身校の一つ、W 大の校歌より)、
研究の道は永遠に続くのだ!

と、肝に銘じたセンセでありました。

では、マリちゃん、末永くお幸せに!!!





今月のお悔やみ

またもお悔やみだ・・・。
今月のウクライナ-42」で初登場したサルマタイですが、
センセの世代では、
サルマタイからはどうしても松本零士のサルマタケを連想してしまいます。

また、四畳半シリーズだけでなく、
ナカナカ味のあるというかマニアックというか、
細部にまでこだわった一連の戦記マンガ(太平洋戦争です)を思い出します。

昭和 30 年代の少年サンデーやマガジン、キングなどには
ゼロ戦を主題とした単純明快元気一杯なマンガが数多くありましたが、
彼の戦記マンガはこれらとは大きく一線を画すもので、
根底にはペーソスが横たわり、
40 年代以降の主流となる反戦マンガとも大きく異なり
ある種の主張を声高に唱えるわけでもなく、
登場人物はオトコおいどん的ではあるものの、
一種、彼独特の哲学的な雰囲気を醸し出していたマンガ群でした。

覚えているのは、
ラバウルだったかラエ・サラモアであったか、
一式陸攻がスタンレー山脈を越え、
豪軍の軍事拠点、ポートモレスビー爆撃に飛び立つ話です。
顛末はもはや忘れてしまいましたが、
やけに心に残る作品でありました。

父親は陸軍航空隊の操縦士であったとのこと。

陸軍航空隊とマンガと言えば、
「わち・さんぺい」が思い起こされます。
陸軍航空隊の整備兵であったわち・さんぺいですが、
センセは彼のマンガ、「とらの子兵長」が大好きでした!
わち・さんぺいの画風をまねて、
ラバウル海軍航空隊のマンガを書き散らかして
授業中にクラスのみんなに回し読みさせておりました。
これは坂井三郎の「大空のサムライ」に影響されたのですが・・・。

その後、センセの世代はオトナになってしまいましたので、
アニメ化されて一躍有名になった松本零士の一連の作品は、
もはや一切読んではおりません。

それにしても、
このところのお悔やみの連続で、センセは疲れてしまいました・・・。
次はあの顔この顔と、脳裏に浮かぶ顔の数々・・・。
自然の摂理とは言え、
昭和は遠くなりにけり、ということでしょうがね・・・。

合掌・・・。


今月のウクライナ-96

トルコ・シリアは 5 万人に迫る勢い。大変です。
ロシアの「特別軍事作戦」は、24 日の金曜日で丁度 1 年を迎える。
もう 1 週間を切ったというのに、大攻勢とやらはどこに行った?
今やってるのがそれなのか?
飛行機をたくさん飛ばす、とかいううわさもあったが、
耳に入ってくるのは風船のハナシばっかりだ・・・。


さて、隋~唐も終わりましたので、
ここで北東アジア大陸のアジア系民族の展開について
まずは大雑把にまとめておきたいと思います。
YDNA のハプロタイプに基づいてお話していきますので、
今一度 YDNA をおさらいしておいてください。

まずは下図参照。

YDNA 230219.jpgYDNA に基づく人類の拡散  ウイキより


たぶん、この図は比較的最近の説に基づいて描かれたものかと思われます。
以前は北東アジア系は中央アジアからの北方ルートを通ってきた、
との考えが有力でしたが、
最近ではインドから東南アジアのスンダランドにまず渡り、
そこから何派にもわたって北上してきた、
という考えが主流となってきたようです。

過去ログの「今月の書評-37」でもお話したように、
縄文人の由来を考えても、この経路が最も自然だと思います。
「今月の書評-37」ではチベットで DE* が見つかったためにチベット経路か?
と一旦は考えましたが、
mtDNA の経路やアンダマン諸島の D を考えても、やはり南ルートが自然です。

で、最近の説では、CDON、揃って南方経路であるとのことです。
ただし、北米インディアンの Q は 欧州系の R から派生したハプロなので、
西から来ているみたいです。

東アジアに限ってお話すれば、
まずは少数の D1a2b がアンダマン諸島に分かれたのちに北上し、
西に向かった一派がチベットへ、
朝鮮半島から日本列島に移住した連中が縄文人に、
樺太から北海道に入ってきた連中がアイヌ人、となります。
最初の縄文人(というか縄文人の祖先ですが)が列島に来たのが
およそ 4 万年前。
その後に C2 の連中が現在のシベリアに拡散して行きます。

図では北海道への C2 の流入が描かれてますが、これはもっと時代が下って
粛慎(しゅくしん)の連中が北海道に来たことを意味しているのだと思います。
いわゆるオホーツク文化を残した連中です。

図ではバイカル湖周辺がインド、スンダランドに続く
揺籃の地みたいに描かれてます。
数多くのマンモスがうろついていた旧石器時代を考えると、
ここら辺から東シベリアにかけて、色んな部族がテント生活していたのかな?
イメージとしては、北米の草原インディアンみたいなカンジ。
バイカル湖周辺には欧州系の R の連中も居りました。
この時代、針やら細石器やらがここら辺で発明され、
その後に拡散していったのでしょう。

C2 のあと、スンダランドから O の連中がやってきて、
そこから N が分かれます。
OO1 系と O2 系に分かれ、
O1 系はさらにオーストロアジア系とオーストロネシア系に分かれて
それぞれ現在のベトナムと台湾先住民の祖先となります。
オーストロアジア系の一部は朝鮮半島に達し、
その後の倭人を形作っていきます。

O2 系は現在の華北を中心とし、
N は遼河地方あたりに主として居住したようです。
N の一派はさらに北進~西進し、シベリアからウラル山脈まで至り、
さらにこれを超えてスカンジナビア半島まで進出します。

C2 ですが、沿海州からバイカル湖周辺あたりまでの森林地帯で、
長らく狩猟採集生活をしていたのだと思います。
この頃に、後の時代で言うところの
ツングース系、モンゴル系、トルコ系の大体三派に分かれました。
この三派は言語学的には共通点もあり異なるところもありで
印欧語族のような明確な連関は言語学的には認められてはいないようですが、
三者ともに「私、ご飯を、食べる」の順番で、日本語や朝鮮語と同じです。
この語順はアイヌ語も同じ、ということから、
おそらく縄文語もそうであった可能性が高いです。

ということから、もともとの東アジアでは、「私、ご飯を、食べる」
の語順で話していた連中が多数であった、と考えられます。
O2 の中国人と O1 のベトナム人は「私、食べる、ご飯」ですので、
そこから分かれた N は、本来は「私、食べる、ご飯」と言ってたと思います。
現在のフィンの連中は「私、食べる、ご飯」ですが、
ハンガリーのマジャールではこれが混在している、とのことです。
他のウゴール系の語順に関しては、情報が得られませぬ・・・。
いずれにせよ、長らくC2 の連中と隣り合って暮らしていた N ですので、
両者は文化的な混交もまた多かったように思われます。
従いまして、N 本来の言語を見出すのはナカナカ困難です。

これは倭人も同じで、
「私、食べる、ご飯」であったオーストロアジア系の祖先は、
朝鮮半島時代に北方から来た連中の影響を受け、
「私、ご飯を、食べる」に変わった、と考えてます。
「今月の書評」シリーズ、再開したら再びこのお話に戻る予定です。

さて、シベリアの森林地帯で狩猟採集を行っていた C2 ですが、
その間に人類の中でも最も寒冷化に適応した人種となった、
ということも、過去ログ「今月の書評-49」でお話しました。
この適応に「トナカイの飼育と橇(そり)の発明があったのでは?」
との妄想に関しても、お話いたしました。

で、三者ともに典型的な言うところの「モンゴロイド」となりましたが、
西からはるばるやって来たスキタイの連中に影響され、
森林地帯での狩猟採集から草原地帯での遊牧に
大きく生活手段を変えることに成功したこともお話しました。

で、ここら辺から歴史時代の話となるわけですが、
戦国から秦~漢の時代にかけて書かれたと言われる山海経(せんがいきょう)に
丁零とか丁令とか丁霊とか書かれた「ていれい」族の話が出てきますが、
これがのちの突厥と同じトルコを指しているのは明らかです。

で、トルコ系で最初の戦闘的遊牧民となったのが匈奴(フンヌ)です。
で、匈奴が勢威を振るっていた頃は、丁令の連中はこれに従っておりました。
で、フンヌはトルコ~チュルクとは全く異なる音である一方で、
その後に威勢を振るう突厥はテュルクの音を模した言葉ですので、
結局トルコというのはトルコ系民族の一部族を表す言葉であった、
ということになります。
フンヌはトルコ系ではあるがトルコ部族出身ではない、ということですね!
これらのことから、
「トルコ部族は相当に古い歴史を有する一族である」、
と言えるかと思います。

この後にお話する予定ですが、従いまして、
ブルガールやハザールなどはフンヌと同じく
トルコ系民族に含まれるがトルコ部族ではない、ということです。

これはモンゴルに関しても全く同じで、
数あるモンゴル系部族の中でモンゴル族が最優勢となったがためにモンゴル系、
という言葉で一緒くたにくくられるようになっただけでなく、
同じ言葉でアジア人種までもくくられるようになったので
確かにこれは問題かな?とも思いますが、
同じような現象はエスキモーにもあり、
「エスキモー」という言葉がカナダインディアンの連中が言うところの
「生肉を食う連中」との言葉から来ていることから
これを「差別だ!」と感じた一部の人たち(エスキモーではありませぬ)が
代わりにイヌイットという言葉を使うようになりましたが、
これは数あるエスキモー族の一部族の名称に過ぎず、
これをもってして全体を表すのはいかがなものか、というご意見もありまして、
個人的には「♪どうでもいいですよ~」。

なんでこんなことを言い出したかと言うと、
この先、トルコ系とモンゴル系の拡充の時代を迎えるわけですが、
「トルコ」と「トルコ系」、「モンゴル」と「モンゴル系」、
という言葉の使い分けをハッキリさせておかないと、
結構混乱する可能性があるためです。
さらには現在の「トルコ共和国」を区別しなくてはならない場合もあり、
そのために、
しばしば「チュルク」という言葉を用いてトルコ系を表す場合もありで、
ナカナカ混乱します。

さらに時代がも少し下ると「タタール」などと呼ばれる連中も出てきて
これはさらなる混乱をもたらす言葉でして、
そのうちお話しますけど・・・。

ここでは、民族的に大きくくくる場合は「トルコ系」で統一します。
「モンゴル系」も同じです。



今月のお悔やみ

本日の坂城はべちゃ雪どた雪の一日でしたが、
バート・バカラックが死んでしまいました・・・。94 歳・・・。

彼に関しては、過去ログ「昭和 40 年代:時代と音楽-23」で詳しく書いてます。
まことに数多い彼の名曲もそこでほぼほぼリンクされてますので、
いまさらここに貼るまでもないと思います。
でも、センセの過去ログサイトは行ったら戻ってこれないので、
いくつかの過去ログを覗いたら
色々手を尽くしてナントかここまで戻ってきてくだされ!

彼の曲は上記サイトだけでなく、
センセのブログの色んな所にちょくちょく貼られてます。
それだけ彼の曲は、
センセの青春のヒトコマひとこまを彩る BGM として
無くてはならないモノであることを意味するものです。

数多い彼の名曲の中で最初にセンセのココロに入ってきた曲が、
This Guy's in Love with You」です。
センセが中学の 2 年か 3 年生の頃です。
新宿の W 中学に東西線を利用して通っていたセンセですが、
これまで飯田橋で総武線から東西線に乗り換えていたのが
ようやく日比谷線と繋がり、
おかげで帰り道、日本橋や銀座で下車するのが便利になった頃です。

音楽やおしゃれなどに関心が芽生え始めたその頃、
学校からの帰り道に日本橋の高島屋や銀座の三越、松屋、松坂屋に立ち寄り、
VAN やら KENT やらのブランドを品定めしておりました。
W 中学の生徒は本革の立派な手提げカバンにこれまた本革の靴を履き、
白いズックの肩掛けカバンにこれまたズックの靴を履いた地元中学の生徒連とは
大きく異なる出で立ち。
今から思えば、
百貨店のお姉さん方に結構からかわれていたような気がします・・・。
当時はからかわれているとも分からず、ただ顔を赤くするだけでしたが・・・。

時には九段下で降りて神田まで歩いて雑誌「丸」の古本を探したり、
そこから三省堂を経てすずらん通りから共立女子中を横目に見て竹橋に・・・。

地元小学校から共立に入学していった女の子のことを
フッと思い出してみたり・・・。

This Guy」を聴くと、そんなことこんなことあんなことが思い出されます。
Guy には程遠い、いまだ「This Boy」の、中学時代のセンセでありました。

合掌・・・。


今月のウクライナ-95

トルコの地震、現時点ですでに阪神淡路大震災を凌駕する!
リアルタイムでビルが丸ごと崩壊する映像が一つ二つどころでない!
スウエーデン、なりふり構わず援助に駆け付けろ!
目覚ましい働きをして、エルドアンに翻意を促すのだ!


さて、山東省の塩の密売人であった黄巣(こうそう)は、
唐王朝の政治の混乱で生じた民衆の怨嗟の波に上手く乗り、
緑林(りょくりん)の徒よりなる反乱軍を組織して勢力を南方に拡張します。
緑林の徒とは、無頼の輩、くらいの意味です。

で、民衆を巻き込んで膨れ上がった黄巣軍は、福建省から広州に至り、
ここで幅広く商売をしていたアラブ人をどういうわけか大量虐殺!
殺されたアラブ商人の数は 10 万人以上にものぼると言われてます。
この勢いに乗って北方に転じ、長安の都に向けて進軍を開始!
当時の皇帝は玄宗と同じように蜀の国へと都落ちした結果、
黄巣軍は長安を簡単に占領して、
新たな皇帝として国号までも大斉と変えてしまいます。

こんな国号は覚えなくて良いです。試験にも出ません。たぶん・・・。

で、「おらたちは民衆の味方だあ~よ!」とか最初は言ってたのですが、
如何せんヤクザの集団に過ぎない連中でしたので、
あっと言う間に略奪者集団に早変わり・・・。
態勢を整えた唐軍は、
突厥軍閥の李克用(り・こくよう)と連合して長安を包囲!
黄巣軍のごろつき将軍の一人であった朱温(しゅ・おん)は
形勢不利とみるや黄巣を裏切って唐軍側に寝返ってしまいます。
ここに黄巣、事極まって自害に至り、884 年、黄巣の乱は終息。
手柄を立てた朱温は皇帝より全忠(ぜんちゅう)の名を賜り、
以降、朱全忠(しゅ・ぜんちゅう)と名乗りますが、
黄巣壊滅に功の有った李克用と朱全忠、
たちまちに対立関係となり果て終わんぬ・・・。

で、武力では李克用にかなわなかった朱全忠ですが、
悪賢さでは頭一つ抜きんでていたようで、
時の皇帝を手玉に取って唐の王朝を手中に収め、宦官勢力を皆殺し!
返す刀で多くが貴族からなる政府高官連中を全て騙し討ちにし、
こららの遺体を黄河に沈めて唐の行政組織を根こそぎに!
さらには首都を長安から洛陽に遷都し、
皇帝をしばし幽門したのちこれをサッサと殺害!
その後は皇族を根絶やしにして 13 歳の最後の幼帝にお定まりの禅譲を迫り、
907 年、ここに大唐は、
全きの忠であるはずのオトコによって、終焉を迎えることとなりました。

朱全忠.jpg朱全忠の像  
中国の禁聞というサイトより無断でお借りしました。ARIGATOGOZAIMASU!
https://www.bannedbook.org/bnews/lifebaike/20170501/752981.html
このサイトでは、全不忠的朱全忠と書かれてます。納得・・・。
それにしても中国の歴史って、最後は必ずこのパターン・・・。
ここに書くのも、実のところ、嫌になりますね・・・。


で、朱全忠、都を河南省の開封(かいふう)に置き、
国号を(りょう)と改めます。
中国全土に号令を発するつもりの彼ですが、
すぐ隣にはライバルの李克用も居り、
各地には半ば独立した節度使=藩鎮(はんちん)=地方軍閥が割拠し居り、
まさに群雄割拠の状態となってまいります。

五代十国時代の始まりです。



今月のウクライナ-94

F-16 に対しては速攻で「No!」と言い放ったバイデンでしたが、
どうやら射程の長いミサイルの供与を決めた模様です。
へルソンからだとクリミア半島北部まで届きますが、
セバストポリまではまだ足りない・・・。


さて、一度は天下を取った安禄山ですが、
あまりにも太りすぎたために糖尿病を患い、
失明に加えて、たぶん、おできや壊疽など出来まくって体はもうめちゃくちゃ。
で、757 年、帝位継承をめぐり、息子に殺されてしまいます。

渡辺徹の件もあるし、糖尿病、怖いですね!
痛風と並び、文字通り帝王病の名に値します。
キムくんも気をつけてくださいね。

この息子は安禄山の盟友であった史思明に殺されますが、
史思明もまた自分の息子に殺されてしまいます。
で、その息子は唐軍に味方したウイグル族によって殺され、
763 年、安史の乱は、ここにようやく平定されます。

玄宗皇帝は 756 年には帝位を譲り、乱の平定直前の 762 年、
貴妃の面影を胸に抱きながら、この世を去りました。 御年77 歳。
この時代としては、
特にコロコロと息子ちゃんにまで殺されがちな皇帝の地位にあった者としては、
長命であったと言えるでしょう・・・。

ウイグル族.jpg10 世紀頃のウイグル貴族  
http://www.art-and-archaeology.com/china/turpan/be04.html
というところから無断でお借りいたしました。domoarigato
現代のウイグル族とは相当に趣が異なります。
トルコ系はそもそも北方アジア人であったことを明白に物語る図ですね!
先頭のオトコは混血の度合いがやや高いようなカンジがしますが・・・。


ということでナントか乱を鎮めた唐ですが、
乱の首謀者である安禄山と史思明を始めとして、
それを鎮めたウイグル族の軍隊など、いずれも胡人が主役です。
これらの胡族を治めるために胡人を節度使に任命して使ってきた唐ですが、
胡族による節度使が力をつけて唐の言うことを聞かなくなると、
それに対抗するためにより忠誠的な節度使を新たに任命するとかして
混乱の度を深めていきます。

ここら辺の事情って、ゲルマン進入時のローマと良く似ています。
ゲルマンが結局はローマ化していくように、
胡族の連中も多くは中国化していきますが、
自らのアイデンティティにも大いに留意し、
独特の個性を持った胡族国家が、この先、生まれていくこととなります。

で、混乱の度を深めつつある唐の朝廷では宦官勢力の跳梁が甚だしく、
彼らの意にそぐわない皇帝はサッサと殺され、
新たに即位した皇帝でもこれも気に食わないとなればサッサと殺され、
という有様・・・。
これに加えて科挙系と貴族系の勢力争いも激しくなり、
さらには節度使の軍閥化~独立政権化も進んで、
もはや朝廷は単に中央に住まう一地方政府、の存在に堕してしまいます。
このような混乱に乗じ、
トルコ系のウイグル族やチベット系の吐蕃が強大となり、
吐蕃など、一時は長安を陥れただけでなく、
その後は広く西域諸国一帯を支配下におさめてしまいます。

吐蕃.jpg8 世紀後半の唐王朝周辺  ウイキより
回鶻はウイグル、カルルクはトルコ系の一部族、
南詔(なんしょう)はチベット・ビルマ系の国です。


ウイグルにせよチベットにせよ、
現在は中国共産党政府による扱いが問題化してますが、
歴史的には、このように大いに存在感を示していた時代もあったわけです。

このような状況下で生じたのが黄巣の乱(こうそうのらん)で、
これにより唐は、最後の息の根を止められてしまうこととなりました。


今月のウクライナ-93

嫉妬~権謀術数の渦巻く当時の唐王朝の政権内部では、
科挙系、貴族系、外戚系、宦官系などの連中が互いに徒党を組み、
対立する相手方を貶めることに日々汲々としておりました。
で、貴族系の一人である李林甫(り・りんぽ)という
超陰険なオトコが宰相となりますが、
彼の推薦により安禄山は節度使となったという経緯から
安禄山は李林甫には頭が上がらず、
彼が生きている間は猫をかぶっておりました。

その後、李林甫が死ぬと、
外戚系の楊国忠(よう・こくちゅう)が宰相となりますが、
彼は楊一族の一人で、早い話が玄宗皇帝が楊貴妃を寵愛した結果
栄華を極めることとなった楊一族の一人に過ぎず、大した人物ではありませぬ。

で、安禄山は玄宗皇帝のお気に入りだし、北京の大軍閥でもあるということで
国忠としては安禄山は目の上の大きな「たんこぶ」そのもの。
ナントか彼を貶めようと皇帝に讒訴(ざんそ)を繰り返しますが、
ために安禄山は本拠とする北京に籠ってしまい、
皇帝が誘っても「楊国忠に殺されるう~~~!」と言ってナカナカ出てこない。
で、楊国忠が謀略を組んで彼を誘い出そうとしたところ、
事ここに至り、755 年、安禄山は挙兵!
長安の都に向けて進軍を開始します!

「漁陽ぎょよう鞞鼓へいこ地を動かして来たり 驚破きょうは霓裳羽衣げいしょうういの曲!」


安史の乱.jpg安禄山の進軍路  ウイキより


安禄山はそもそもが胡人であり、本拠地では兵~民衆にも人気があったようで、
やる気満々の多くの胡兵を率いて連戦連勝の勢い!
とうとう皇帝一族は長安の都を捨て、
遠く蜀の地を目指して落ち延びることとなります。

四川への途次、食べるものにも事欠くようになった皇帝一行に対し、
これに付きそう兵たちが「悪いのは楊国忠だ!」ということで、
馬嵬(ばかい:現在の陝西省咸陽市興平市)という所で彼を殺してしまいます。
勢いに乗り、「悪いのは楊一族だ!」ということで、
連中、付きそう楊家一族を皆殺し!

可哀そうな楊貴妃もまた、皇帝に最後の別れを告げたのち、
高位の宦官、高力氏(こう・りきし)の手によって、
絹の布で首を絞められて最後を迎えることとなりました・・・。

「君王面をおほひて救ひ得ず かえり看て血涙相和して流る・・・。」


楊貴妃の最後-2.jpg涙を誘う楊貴妃の最後。
苦労のせいか、最後は瘦せてしまいました・・・。
「希望之聲」という中国のサイトから無断でお借りいたしました。謝謝!  
https://www.soundofhope.org/post/652700?lang=b5
このサイトの記事によれば、楊貴妃は本当は死んでおらず、
日本に渡って、あの道鏡で有名な孝謙天皇に謁見し、
その後は京都で藤原の何某と結婚して幸せに暮らしました、とのことです。
で、その子孫が山口百恵であるという・・・。

マツコ・DX のような気がするが・・・。

今月のウクライナ-92

さて、玄宗が楊貴妃を見初めた時、
彼はすでに 60 に喃々とする歳であった・・・。
で、肝心の楊貴妃は、この時すでに玄宗の息子の嫁であった・・・。

なんじゃそりゃ?

ま、60 にしてリビドーに振り回される方々に対しては
センセの場合はひたすら尊敬の念を抱くだけですが、
息子の嫁を取り上げるというのは、それはいくら皇帝であってもヤバイでしょ?

で、皇帝、彼女を一旦道教の尼僧として息子と離縁した形とし、
改めて後宮の最高位、すなわち貴妃に任命して、寵愛することにした。
その結果、ここに漸くにして、楊・貴妃が誕生することとなりますが、
こんな調子だから誰もかれも皇帝~女帝になりたがるのでしょうね!納得!

で、「ひとみめぐらして一笑すれば百媚ひゃくび生じ  六宮りくきゅう粉黛ふんたい顔色がんしょく無し」
ということで、程なく、「此れり君王早朝せず」の状況となってしまいます。

楊貴妃-1.jpg壁画に描かれた楊貴妃。年代不詳。  ウイキより
一応、普通のイメージとしてはこんなカンジかと・・・。


楊貴妃-2.jpg時代考証を重ねた結果、到達した楊貴妃。
唐の時代はしもぶくれ顔がもてはやされ、また、
楊貴妃自体、相当に肥満していたとのことなので、
個人的には、まず間違いなく、こちらの方が実態に近い、と思ってます。
「この時代に生まれてさえいれば、今頃は・・・。」
と思っている現代女性も多かろう、と思いますが・・・。
中国の三立新聞網のサイトより無断でお借りしました。謝謝!
サイトでは、楊貴と記されてます WWW。さすが漢字の国ですね!
https://tw.news.yahoo.com/%E9%82%84%E5%8E%9F%E6%A5%8A%E8%B2%B4%E5%A6%83100-%E6%A3%89%E8%8A%B1%E7%B3%96%E5%A5%B3%E5%AD%A9%E7%88%86%E7%B4%85-155518469.html?guccounter


で、玄宗皇帝と楊貴妃の痴話話なんぞはどうでもいいので、
話はいきなり「安史の乱」に移ります。

安史の乱の安史は安禄山(あんろくざん)の安と
その相棒の史思明(ししめい)の史を合わせた名前です。
両者ともに突厥とソグド人との混血で、
以前に述べた唐の対外政策である羈縻政策の申し子ともいえる人物です。

安禄山は頭が良いだけでなく非常に愛嬌のある人物であったようで、
当初は西域などから来る商品の仲買人だったらしいのですが、
様々な民族からなる西域の異なる言語を駆使して頭角を現し始め、
機転の利く性格から当時の北京の節度使(せつどし)にも可愛がられ、
自身が節度使になるだけでなく、
程なく現在の北京から遼寧省を含む地域の軍事~行政を任され、
玄宗皇帝の覚えも目出度く、
あっという間に大軍閥の総帥みたいな地位に登る詰めることとなりました。

ここら辺の事情は戦前の満州軍閥、張作霖なんかとよく似ていますね!
節度使に関してはググってくだされ!

で、安禄山、愛嬌のある性格であっただけでなく、
体格も相当に太っていたとのことで、玄宗から
「お前のお腹の中には一体何が詰まっておるのじゃ?」と問われると、安禄山、
「皇帝に対する赤心(まごころ)がいっぱい詰まっております」と答えるなど
あ、こりゃ確かに役者やのお~~~、
チョンワチョンワ~~~!クエッ、クエッ、クエッ~~~!

その後、
詰まっていたのは真っ黒いアブラだったことが判明するのですが・・・。

そんな膝まで垂れ下がるような腹をもった安禄山は楊貴妃にも可愛がられ、
楊貴妃は安禄山に赤ん坊の着物を着せ、
全く想像したくもありませんが、
自分は母親の役を演じて互いに赤ちゃんごっこに興じたり、
これを玄宗は微笑ましく眺めるなどしてしょーもないこと限りナシ!
どうやらここら辺から退廃の色が濃くなってきます。

で、当然、実務を担う宰相からは睨まれることとなり、
安禄山 vs 宰相の構図から、長安には不穏な空気が漂い始めることとなります。


今月のウクライナ-91

ドイツがゴーサインを出した!結構、数も多い!
加えてアメリカもエイブラムスの供与を決定!しかも 30 台以上!

エイブラムス.jpgM1A2 エイブラムス戦車  ウイキより


予想外でした。
センセが考えてたパターンとしては、
アメリカがメンテなどの困難さを理由にしつつもメンツで数台提供し、
これでドイツの尻を叩いて OK させるも数個小隊規模。
ポーランドなど、他国の供与を含めてもせいぜい ン 10 台程度じゃないの?
と思ってましたが、今回の発表だけでも数個大隊の規模になりそうな勢い!
西側、本気度をアップさせてます!

ただし習熟期間があるので本格的運用は今春以降。
エイブラムスなどは新規発注品を納入するようなので、年末か来年とのこと。
なので、春~初夏に行われるであろうと考えられているウクライナ側の大攻勢は
レオパルド2 が主体となると思われます。

ただし、
これらが本当にゲームチェンジャーになるかどうかは、分かりませぬ・・・。
ロシア側は現在、どう感じているのでしょうかね?
予想通りだったのでしょうか、あるいは驚いたのでしょうか?
現在膠着状態の戦線ですが、
ウクライナが攻撃能力の高い戦車を前面に出して攻撃してきた場合、
ロシア側も T-90、あるいは最新鋭の T-14 を投入し、
21 世紀版のクルスク大戦車戦が展開されるのでしょうか?

T-14.jpgT-14/オブイェークト148  ウイキより


いや、そもそもロシアは戦車自体の数がもはや少なくなっているはず。
仮に、今回~それ以降の供与によって、ウクライナ側が
ロシア側の戦車に対して数的~質的に優越する立場になるとしたならば、
ロシアとしては戦車戦を避け、
対戦車壕を幾重にも敷いて堅忍不抜の陣を張る方が利口なのでは?
ウクライナとしては陣地を包囲する動きにでたいでしょうが、
ロシア本土やベラルーシに足を踏み入れることは出来ないので、
押せば押すほど、やはり、膠着状態に陥る、とセンセは思うのですが・・・。

包囲が無理な場合、戦力を集中して一点突破、という方法もありますが、
その場合は貴重な戦車が一か所に集中するわけですから、
ロシアとしては戦術核を使いたくてウズウズする状況となります。

やばいっす!

あるいはまた、ロシアとしては、ウクライナ側の戦車が
実戦で使えるようになる前に大攻勢に出る
ということも考えられます。
でも、そもそも今現在ロシアは攻勢に出ているわけでして、
そんでようやくバフムト近郊の小さな集落を陥落させて
大喜びしている最中でして、
メドヴェージェフが軍需工場にいくらはっぱをかけても
高性能なものはナカナカ出てこないでしょうし、
そろそろロシアの刑務所もガラガラになりつつあるとの話もありますし、
チェチェンの大将はヒゲを剃る剃らないでケンカしてますし、
ゲラシモフはどう贔屓目に見てもお笑い芸人にしか見えませんし、
大攻勢に出る出る言ってますけど、
やっぱりバンザイしながら突っ込んで来るのかな?
「ウラ~!ウラ~!」言いながら・・・

センセとしては、
♪ ウララ~、ウララ~、ウラウララ~!」の方が良いのですけど・・・。※


※この歌、ジェンダー的にはどうなんすか?千鶴子センセ???