今月のウクライナ-80

日本勢、ブラボーでした!
次は、まずは 8 強入りを目指して欲しいです!

渡辺徹の急死、これにも驚きました。
糖尿病、あるいは生活習慣病の怖さを改めて思い知らされました。
「ヒトを含む生命体の本来の生活環境は過酷なものである。
それに適応して進化してきた生命体が
突然、恵まれた環境に放り込まれるとどうなるか?」
という問題に対しての答えの一つが、生活習慣病です。
本来の生活環境においては自制する必要のない事象に関して
恵まれた環境では逆に自制が必要となるわけですが、
これがストレスを生む要因の一つとなり、
そのストレスが、不自然な行為を継続する原因となってしまいます。
倒錯、と言っても良いかもしれません。
逆説的で、興味深いです。

昨日の「地球ドラマチック」、声が変わってました。
郁恵さんには、掛ける言葉もありません。
合掌・・・。


さて、フランク王国の王となったカロリング朝の創設者、ピピン三世ですが、
ピピンの寄進などを通してローマ教皇に対して「貸し」を作っていきます。
で、彼の息子のカール 1 世(カール大帝)の時代には
フランク王国は最盛期を迎えることとなり、
西暦 800 年、ローマ教皇のレオ3世により、サン・ピエトロ寺院において、
カール1世は皇帝に戴冠されることとなります。
この一件により、「神が皇帝の権力を担保した」と位置付けられ、
フランクの王=キリスト教の守護者、と見なされていくこととなります。

また、このカール 1 世の戴冠をもってして「神聖ローマ帝国」の誕生
と定義する向きもありますが、
962年オットー1世の戴冠を神聖ローマ帝国の始まりと見なす向きもあります。
どっちでもいいです。

因みに、カール=シャルル=チャールズです。

カール大帝.jpgカール大帝の像  ウイキより
どれもこれも似たようなのばっかしですね。
歴代の中国の皇帝は頭に「すだれ」を乗せてるのが多いですが、
こちらは「クラウン」です。

トヨペットではありませぬ・・・。


いずれにしましても、カール 1 世としては、フランクの王というよりも、
「我こそが、あの偉大なるローマ帝国を継ぐ者であり、
キリスト教の守護人である!」との意識の方が強かったと思います。
従いまして、ここにおいて
偉大なるローマ帝国の文化とキリスト教とゲルマン族とが融合し、
これが現在に続く欧州の礎(いしずえ)となった、
と見て大きな間違いはないと思います。
これに上書きする形で、スラブとかイスラムとか、あるいはアメリカとかが
影響を及ぼしてきたのが現代の我々が見ている欧州の姿、
と言えるかと思います。

その後、
フランク王国は西フランク、東フランク、中フランクに分裂し、
さらに中フランクからはイタリアが分離していきます。
その結果、それぞれが現代のフランス、ドイツ、イタリアの三国の基礎
となっていきます。
西フランクはそのまま継続的にカロリング朝のフランス王国となりますが、
東フランクは北イタリアを包含し、
いわゆる「神聖ローマ帝国」となっていきます。

ここら辺の時代から、
フランス人、ドイツ人、イタリア人の意識が生じてくるのかな?
とも思いましたが、国民意識というのは
その後の近代国家の枠組みから生じた概念だと思いますので、
当時の一般民衆などは
「おらはどこそこのご領主様に属するペートルだあ~よ」
くらいのもんだったんでしょう・・・。
行政を司る貴族連もまたお仕えする王様~ご領主様しか見えず、
フランス人、ドイツ人、イタリア人の感覚は無かったと思います。

なぜ敢えてこんなことを書くのかと言うと、
現代の我々が歴史を振り返る時には、どうしても、
無意識的に現代の国民意識で物事を見てしまう傾向があるためです。
お隣の国が日本文化を自国由来のものに結びつけたがる傾向にあるのも、
一つにはこのためです。
日本は、戦後の一時期を除き、他国の占領下に置かれた経験が無いので、
ヤマト政権の頃から、
国家としてのアイデンティティーが揺らぐことはありませんでした。
封建時代に入って「おらのご領主さま」の時代となっても、
日本国という一段高い存在への帰属意識はあったと思います。
しかしながら、
頻繁に領域~支配者が変化する大陸国家の歴史を調べれば調べるほど、
これが極めて例外的なことであることに気づかされます。
そいういう意味においても、
現代欧州諸国の国民としてのアイデンティティーが
どのような過程を経て形成されてきたのか、
これを調べていくのはとても重要だと考えてます。

さて、当初はゲルマン系の言葉を話していたフランク族ですが、
ガリアの地に数多く居住していたローマ人の影響をもろに受け、
話し言葉もだんだんとローマ化していきます。
このように、
当時のフランクで話されていたローマ化したゲルマン言語がロマンス語ですが、
これが現在のフランス語の元となっていきます。
さらにはカロリング朝の時代には
行政やカトリックの教義ではガチガチの正統的ラテン語を用いましょう!
とする運動が生じ、結果、話し言葉と書き言葉の乖離(かいり)が生じます。
イギリスのチャーチル元首相の回顧録には
「学校でのラテン語の授業にはホトホト閉口した」というお話が出てきますが、
大陸から離れたイギリスにおいてすら
後々の世に至るまでラテン語の授業が延々と続けられた根底には
やはりローマとキリスト教が横たわっていた、ということなんでしょうね!

で、カール大帝などは、未だにキリスト教に改宗しない北方の蛮族、
後の神聖ローマ帝国を形成するゲルマンの連中ですが、
彼らを相手に「改宗か、さもなくば死か!」と、
イスラムのお株を奪うような宗教戦争に打って出ます。

ついこの前まで同族だったくせに・・・。

で、おかげさんで、今ではほとんどのドイツ人は、新旧いずれにせよ、
クリスチャンとなっております。
時代が下ると「新か、旧か!」を巡って
血なまぐさい争いが 30 年も続くことになりますが・・・。

ということで、ことによると、
フランス人、ドイツ人、イタリア人を作り出した原動力の一つとして
ローマ化の程度」が挙げられるのかな?と思います。
もちろんこれにスペイン人を加えても OK です。
東ローマ帝国ともなると、
逆にローマ人はギリシャ化=ヘレニズム化していきますが、
その後にバルカンはスラブ化し、さらにイスラム化が加わり・・・
というカンジで、やっぱし歴史~民族学~人類学は面白い!
と、一人で感心しております。

次回からは極東に端を発する超興味深い連中が登場します!


今月のウクライナ-79

さて、キリスト教徒となったフランクのメロヴィング朝ですが、
国土は息子たちによって分割統治する、というゲルマンの伝統のために
小分割化された国どうしで争いが絶えず、毒殺などは朝飯前!
日々、すったもんだしておりました。
一方で、8 世紀に入るとイベリア半島にイスラム教徒(ムーア人)が侵入し、
現在のスペインの地は全土を彼らに席巻されますが、
732 年、ピレネーを超えてフランク領に侵入してきたイスラム教徒を
カール・マルテルという男がトゥール・ポワティエ間の戦いで粉砕し、
イスラムをここで食い止めます。

トゥール・ポワティエ間の戦い.jpgトゥール・ポワティエ間の戦いの図  ウイキより
当時のフランク軍を彷彿とさせる絵ですね!
中央の騎士が持ってるのが
フランク族の名前の由来となったとも言われるフランキスカ(投げ斧)
でしょうか?
手前の男は遊牧民に特徴的な短弓を持ってます。
フン族に教わったのでしょうかね?
「教えてくれて、タンキュー!」と言ったとか・・・。


カール・マルテルはメロヴィング王朝の宮宰(きゅうさい)職にあった男で、
この勝利によって成り上がっていきます。
宮宰とは、宮廷の第一官吏みたいな職です。

で、彼の死後、息子の一人であるピピン三世が台頭し、
メロヴィング朝を排して自分の王朝を打ち立てるべく、画策し始めました。
彼はローマ教皇の権威を持ち出し、これを最大限に利用!
東ローマと仲の悪かったローマ教皇側としても、
フランクの王権を利用して自らを守ってもらおうという腹積もりがあり、
いわゆる win - win の関係がここに成立!
751年には神によって王に選ばれたことを示す「塗油の儀式」とやらが
教皇特使ボニファティウスによって執り行われました。

どんな儀式か知りませんが、体にアブラでも塗ったんでしょうね・・・。

ピピン三世.jpgピピン三世の像  ウイキより
油を塗ったおかげでナカナカ血色が良いです。


歴史学的には、このことによって「メロヴィング家の血を引く者」という
血統に基づく権威よりも、教皇によって任命された権威の方がエライ!
ということが示されたわけで、
以降、「ローマ教皇のお墨付き」という権威付けが専らとなってきます。
同時に、教皇側としては王権によって守られる、という形となり、
ここに典型的な中世ヨーロッパの形が出来上がりました。

で、王様となったピピン三世ですが、カール・マルテルの子孫ということで、
カロリング朝を名乗り、フランク王国も全盛期を迎えることとなります。


晩秋の一日

昨日は午後の 3 時から日本女子プロゴルフ最終戦にくぎ付け。
勝みなみの猛烈な追い上げにより、山下美夢有とプレーオフに!
で、距離の長い 18 番ミドルですので
「長距離ヒッターの勝がフェアウエイをキープすれば勝が有利!」
と考えましたが、その通りの展開に!
しかし、勝の二打目は右サイドにプッシュアウト!
一方の山下の二打目はピンめがけて真っ直ぐ進み、ピン奥 3 メートルにオン!
で、長い勝のパットは惜しくも外れた一方で、山下は見事にねじ込んだ!
緒戦は西郷真央で持ち切りの今年の女子プロゴルフ界でしたが、
メルセデスランキング、賞金ランキングともに今年一位の山下が
最終戦をも制するという、まことにあっぱれ極まりない一年でありました。

で、そのままチャンネルを切り替えて NHK の大相撲に!
高安が頭一つ抜け出して千秋楽を迎えたが、まだまだ何が起きるか分からない。
で、案の定、阿炎との本割で惜しくも敗れ、
貴景勝を加えてン十年ぶりの三人による優勝決定戦に突入した!
で、初めの取り組みで再び高安 vs 阿炎。
立ち合い、阿炎が左に変わったところに高安は頭から突っ込んで脳震盪!
その後、阿炎は貴景勝戦をも制し、またもや平幕優勝となった!
今回も優勝を逃した高安にとっては、まことに残念な一年でありました。

で、夕食終了後に今度はサッカーの世界選手権!
日本 vs コスタリカの試合は「もらったも同然!」との勢いで、
いいちこ片手に安心して見てられる!
前半、守備を固めた相手方に対して、日本は得意の決定力のなさで立ち向かう!
両者無得点のまま、後半戦に!
「どうせどこかで取ってくれるだろう」との安易な期待のまま、
チーカマといいちこでリクライニング!
で、吉田麻也のディフェンスボールが中途半端に上がった!
それを逃さず放たれた相手方のシュートは
キーパーの手を弾いてゴ~~~~~~~ル!!!
ドイツを破ってウハウハしてた日本中は一転してどん底状態!!!

全く持ってテレビ漬けの、晩秋の一日でありました。


今月のウクライナ-78

中世欧州の成り立ち=フランク王国の成り立ち、と考えて OK かと。
で、見ていきます。

当初、他のゲルマン部族と同様、西ローマ帝国領域に侵入して
略奪の限りを尽くしていたフランクの諸部族ですが、
そのうちローマ皇帝に飼いならされて番犬化していき、
他のゲルマンやフン族の侵入に対してローマを守る形となっていきます。

情けないですね!ヴァンダルあたりを見習えと・・・。

で、それぞれが領地を与えられて小王国が林立するようになりますが、
そのうちの一国が頭角を現し、巨大化していきます。
この時登場したのがクローヴィス 1 世で、教科書でおなじみの
メロヴィング朝の創始者です。西暦 481 年の時です。

クローヴィス一世.jpgクローヴィス 1 世  ウイキより
王冠を頂いた、絵に描いたような中世ヨーロッパの「王様」像です。
絵に描いてあるわけですが・・・。
中世ヨーロッパ、しばらくこんなカンジが延々と続きます・・・。


諸部族、諸王国との争いに次々と勝利していったクローヴィスですが、
隣国のブルグント国の王族の娘とめでたく結婚することとなります。
既にカトリックに改宗していた新妻の影響からか、
率いる 3000 名の部下の兵士と共にカトリックの洗礼を受け、
ここに強力なカトリック軍団が成立します。西暦 496 年の時です。

その後、南ガリアに勢力を拡大していた西ゴート王国を破り、
西ゴートはピレネー山脈を越えてイベリア半島に押し込められます。
この結果、ガリアは統一され、東ローマの皇帝からクローヴィスに対して
西ローマの執政官としての任命状が与えられた結果、
ローマお墨付きのフランク王国がここに正式に成立することとなりました。
西暦 508 年頃のお話です。

要するに、フランク族はローマから領土をかすめ取ったというよりも、
ローマ皇帝から信任され、代官として代わりに統治を任された、
というニュアンスが強いのかな?と感じます。
その信任にはクローヴィスがカトリックに改宗したことが大きいでしょうし、
ガリアに数多く居たローマ人やローマ文化の影響もまた大きかったのだ、
とも思います。
その後のフランクの展開を見るにつけ、
彼らは自らゲルマン色を薄め、積極的にローマ化~キリスト教化していった、
と思われます。

「文明は高きから低きへと流る」、ということです。


今月のウクライナ-77

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三教は同源、
というのは良く知られた事実ですが、
どういうわけか、
この三者でくんずほぐれつの争いをしてきたのも良く知られております。

今でもしてますが・・・。

で、一神教とか言われて多神教の世界観とは大きく異なる、
と考えられているこれらの宗教ですが、
それらの教義に関して深く立ち入ることはしませぬ。
歴史学としての宗教の本質は、
「同一の宗教を共有することでヒトはまとまり、かつ、
些末(さまつ)な教義の違いで分裂し、争うようになる」
という点に尽きると思います。ホント。

「旗幟(きし)を鮮明にする」という言葉がありますが、
宗教、言語、血のつながり、文化的一体性、思想(イデオロギー)など、
これらは「共同体」の結束に必要不可欠なものとして働きます。
「法律があれば、これらは必要ないんじゃないの?」
とかいうヒトがいるかも知れませんが、
「法律」の根底にこれらが横たわり、法律を法律たらしめているのです。

多民族国家、昔の「帝国」などが典型ですが、
これらの多種多様な旗幟を持つ連中を束ねるためには
強力な「力」が必要となります。
一旦、この「力」が弱まると、たちまち分裂してしまいます。
タガが外れる、ということです。
で、この外れたタガを元に戻そうと「力わざ」を繰り出しているのがプーチン、
ということですが、
残念ながら、自分が思っていたほどには「力」が無かったことに
今更ながらに気付きつつあるのが現状、というところでしょうか。

で、ユダヤ教などはある意味「民族宗教」であり、
ディアスポラの民としての民族的結束を維持するためにも
あのような日常的儀式やタブーに満ちた教義を維持してきたのかな?
とも素人的に考えたりします。
この点イスラム教も同じなので、ディアスポラは関係ないかな?
とも素人的に考えたりします。
要するに、分かりません。
この点、神社にお参りする際には二度お辞儀をして二度手を叩いて
ジャラジャラ鈴を鳴らしてお願い事をして
最後に一度お辞儀をすれば OK !あなたは立派なネコです!
という、おなじみの日本人の神道とは大きく異なる点です。
但し、出雲大社では四回手を叩くようですが・・・。

で、イエス・キリストも自分ではユダヤ教徒のつもりだったらしいですが、
やはり教義の内容がより普遍的なものをもっていたからでしょうか、
徐々に信徒が増え、
ギリシャ的多神教であったローマ帝国内部にも浸透して行きました。
で、第三者的視点からは些末に過ぎるようにも見える教義の違いから
当初から多くの宗派に分かれていったようですが、
これらの宗派間の論争や、ユダヤ教との争い、
さらにはローマ帝国の皇帝や将軍による弾圧などを経て、
ある時、大きな転機を迎えることとなります。

紆余曲折のあるローマ帝国ですが、
西暦 300 年辺りは内部の権力抗争が激しく、
帝国として不安定な時期でした。
この頃に登場したのがコンスタンティヌス 1 世
西暦 312 年、彼は突然にキリストの啓示を受けた結果、
神懸かり的に相手方に勝利を治めます。
これこそは神のおかげであると確信し、権力を握った彼は、
その後、ローマ皇帝として、
大規模にキリスト教の保護~普及に乗り出しました。
313 年にはミラノの勅令を発布してキリスト教のみならず信教の自由を保障
318 年には昔から行われてきたローマの伝統宗教を禁止、
325 年にはローマのとある丘に教会を作りますが、
これが後のカトリック教会の本拠地であるバチカンとなりました。
330 年には東の果てのビザンチンに大都市を建設し、
自身の名を冠したコンスタンティノープルと名を改め、ここに首都を移します。
これが後のビザンチン帝国の礎となりました。
要するに、コンスタンティヌス 1 世の統治下において、
現在の我々が知っている地中海地方の景色が出揃った、と言えるかと思います。
この後、イスラムの影響が上書きされていきますが・・・。

コンスタンティヌス1世.jpgコンスタンティヌス 1 世の像。  ウイキより
アメコミに登場するヒーローみたいですね!
アゴがザキヤマです。


以上の結果、一気に勢力が拡大したキリスト教ですが、ご多分に漏れず、
「我こそが正統派なり!」ということで、宗派争いが激しくなります。
「正しいのは我々、キミたちは異端!」という、おなじみのあれです。
キリスト教とは無縁の不信心極まりないセンセなどから見れば、
「イワシの頭を右耳の穴に突っ込むのが正統」とか、
「いやいやサンマの尻尾を鼻の孔に突っ込むのが正しい」
とかの争いに見えますが、もちろん、本人たちは大真面目です。

で、東のコンスタンティノープルと西のローマに大きく二分されたキリスト教は
互いに「はい、キミ、破門」、「いやいやキミこそ破門」と言うわけで、
お互いに破門合戦を繰り広げて大騒ぎ WWWWWWWW!

その後、ローマ帝国そのものが東西に分裂することとなった結果、キリスト教も
西のローマと東のコンスタンティノープルとの分断が深まっていきますが、
これが現在のカトリックと東方教会~ギリシャ正教の分裂の始まりです。
基本的教義には大した差はないんですけどね。
イワシの頭かサンマの尻尾かの違いくらいで・・・。

で、西暦 380 年、東西の皇帝が共同してキリスト教を国教とする旨を宣言し、
ここにめでたくローマ帝国=キリスト教国家となりました。
この 380 年代には神殿を含む伝統的ローマ宗教の残滓を徹底的に破壊したり、
代わりにキリスト教の荘厳な教会の建設を行うなどした結果、
キリスト教の司教らの地位と権力が飛躍的に高まる結果となりました。
どうやらここら辺に、
後の中世ヨーロッパを特徴づける王権と教権の確執問題の芽がありそうです。

先に、
「多種多様な旗幟を持つ連中を束ねるためには強力な「力」が必要となる」
と書きましたが、
多種多様な民族を内包し、反乱も絶えることのなかったローマ帝国において
キリスト教を強力に推し進めていった背景には、
国教を制定することによってナントか帝国をまとめ上げたい、
という思惑もあったのかも知れません。

この点、「民族宗教」では収まりが付かず、まとまらないため、
キリスト教やイスラム教、あるいは仏教などの普遍性を有する宗教は
国教として用いるに適していた、ということなのかも知れません。
戦争中の日本が「八紘一宇」の名のもとにアジア各地に神社を建てて
異民族の人々にお参りを強要したところで全く持って上手くいかなかった原因は
どうやらここにあるようです。


坂城散歩道-34

本日、「坂城散歩道」シリーズでおなじみのバイク、セローくんですが、
彼を手放してしまいました・・・悲しいです・・・。
で、手放した理由。
もはやセンセのココロの中で燃え立つものがナカナカ生じない
ことに気が付いたから・・・。

燃え立つもの=リビドー、ということです。
ATP=アデノシン三リン酸、 と言っても良いかもしれません。
ならば「ATP をたくさん作れば良いじゃん!」と思いますが、
どういうわけか ATP をたくさん作ろうとすると腹周りのアブラが増えるだけで、
肝心の「燃え立つもの」はさっぱり出てきまへん・・・。

不思議ですね!

10 台後半から 20 台にかけてはいっくらメシを食っても太ることはなく、
ひたすらリビドーに振り回される日々であったわけですが、
最近ではこのありさま・・・。

要するに、「寄る年波には勝てぬ」ということです。
これまでずう~~~っと認めてこなかったわけなんですけど、
でもこれでハッキリと分かりました・・・。
ココロはうそをつかない、
あるいは体はうそをつかないと言うべきか、
ということです・・・。

燃え立つものがなくなった原因には、も一つの理由があると思います。
それはやはり千曲川東岸の坂城の山々を巡る林道を全て踏破した、
という達成感から来るものだと思います。
初めてセローで水晶林道に足を踏み入れた時の強烈な感情は
いまでもありありと思い出せます。
セローでは 11 回もコケましたが、毎回毎回が良い思い出となりました。

「二階級特進」が無くてホントに良かったと思いますけど・・・。

で、弟分の KSR クンはまだ居残ってます。
取り合えず来年は彼に頑張ってもらおうと考えてますが、
よく考えれば、頑張るべきはセンセの方でした。
どこまで頑張れるかな?
さてさてさて・・・・・・。

DSCN1635.JPG写真は今年の 5 月、the last ride のものです。
いつもの和平(わだいら)でのスナップです。
途中の「赤土の小道」や「ぬかるみの小道」をセローくんで走るのも、
これが最後となりました。



で、「欧州はなんでここまでキリスト教?」と言うわけですが、
やはりキリスト教の歴史を知らずして欧州は理解出来ないと思いますので、
あまり深入りしたくはないのですけど、
ナントかやっつけていきたいと思います。次回!

今月のウクライナ-76

「ポーランドにロシアのミサイルが着弾!死者 2 名!」との報を聞き、
「オイオイ、ホントかよ・・・。」と誰しも思われたかと思いますが、
ほどなくバイデンが「ロシアから撃たれた可能性は低い」との発言。
で、破片などからミサイルそのものは確かにロシア製。
ということで、現時点での推測は、
「雨あられと降り注ぐロシアからのミサイルに対して
ウクライナが撃った迎撃ミサイルが間違ってポーランドに着弾した。」
というものです。
たぶん、そうだと思います。

で、ゼレンスキー大統領はムキになって否定してますが、
それに対してネットではゼレンスキーに対しての否定的意見も飛び交ってます。
けれども、個人的には、
初期段階におけるゼレンスキーのこの態度は当然のことだと思います。
迎撃担当の責任者もまた、ミスを自覚していたかいなかったか、
これも現時点では何とも言えないところです。
より詳細な調査の結果を待つしかありません。
調査の結果ウクライナ側のミスであったことが判明した時点においても
なおかつゼレンスキーが否定を続けるようであれば
彼への評価は低下するかと思いますが、
個人的には、この手のミスは戦時には結構な確率で発生することですので、
ミスを認めて謝罪するにはなんの痛痒もない、と考えますが・・・。

むしろバイデンの客観的~公正な態度が光ります。
ことによると、プーチンはこれによって幾分軟化する可能性もあるかと・・・。


さて、フン族の侵入によって引き起こされたゲルマンの大移動ですが、
これがために西ローマ帝国が滅んでしまうまでをお話しました。
で、滅んだと言ってもある意味事態は逆で、
滅んだはずのローマによって逆に野蛮人が文明化したようだ、
というお話の続きです。

現在の欧州のほぼ全域にかけて林立したゲルマン諸王国ですが、
中でも台頭著しかったのが、ご存知フランク王国です。
その他、フランス南部からスペインにかけては西ゴート王国が、
北アフリカのカルタゴにはヴァンダル王国が、
イタリア半島には東ゴート王国が、
北イタリアにはランゴバルド王国が、
フランス中南部からスイスにかけてはブルグント王国が、
イギリスにはアングロ・サクソンの連中が、
その西からはゲール(ケルト)の連中が、という調子。
一方で、バルカン半島からアナトリア一帯にかけては
東ローマ帝国が厳然としてその権威を維持しておりました。

526年の欧州.jpg西暦 526 年の欧州の状況  ウイキより
赤=東ゴート、緑=東ローマ帝国、水色=ヴァンダル、薄桃=西ゴート、
草色=フランク、茶色=ブルグント、などなど・・・。
このころスラブの連中も、そろそろと拡張していきます。

で、これからしばらくの間、これらの王国(全てゲルマン系です)が
合従連衡を繰り返しながら潰しあっていく時代となるのですが、
これを見ていくと、
「あ、なあ~るほど、ここに欧州世界の原型があるのだな~」
と分かってきます。
もちろんヒトによって違うと思いますが、
中学~高校の世界史で、センセなんぞは
「ゲルマン民族の大移動までは面白いんだが、
その後の欧州の歴史、特に中世って退屈なんだよなあ~」
と思っていたのですが、改めて勉強しなおすと、
欧州の特徴の基礎の基礎が分かってきます。
「なんでこんなにキリスト教?」とか、
「フランスってゲルマン?ラテン?」とか、
「神聖ローマ帝国って、いったいなんだよ?」とか、
「なんで欧州の王族って親戚どうしが多いの?」とか、
「A 国の王が B 国の王として迎えられるって、どういうこと?」とか、
「親戚どうしの王国どうしで戦争ばっかするのはなぜ?」とか・・・。

ま、あまり深入りしないで簡単に流してお話していきますがね!



今月のウクライナ-75

アメリカの中間選挙が終わりました。
現職大統領の任期途中の選挙で下院が敗北するのはいつものことらしく、
また、「ま、そういうもんだろうな」と分かりやすいです。
しかしながら、バイデン氏の老化現象も相まって
下院での共和党の圧勝が当初は予想されていたわけですが、
民主党が意外にも善戦し、アメリカ国民を驚かしています。
上院では、現時、五分五分です。

興味深い点は、共和党内の反トランプ派に勢いが見られる点です。

前回の大統領選でトランプ氏が勝利した時点では、
共和党内の保守本流の重鎮連は、当初、
本流から外れるトランプ氏に全面的にシャッポを脱いだわけですが、
その後の政権運営において次から次へと湧き出てくる不祥事に対して
ボルトンもペンスも愛想をつかし、
保守の重鎮連は次から次へと袂を分かつ始末。
唯一のお友達はシンゾー・アベくらい。
安倍ちゃん、
お友達から頼まれたら断れない八方美人の性格だったもんで、
そのせいで色々つまらない問題に巻き込まれてしまったが、
別の角度から見れば、
トランプからもプーチンからも好かれるという、
稀有な人柄ではありました・・・。合掌・・・。

で、トランプ、先の大統領選挙結果を「フェイクだ!」と断定し、
議会占拠事件を引き起こすなど、
その後の振舞は皆さまもよくよくご存じのところです。

で、よせばよいのにまたぞろ院政でも敷くつもりか、
自身の息のかかった連中を候補として送り込んだところが
次から次へと落選の嵐!
最終的には民主党の力が一定程度削がれるのは明らかですが、
一定程度躍進した共和党においても
トランプの影響力が当初考えていたよりも小さくなる見通しとなったのは、
少なくともウクライナにとって、朗報です。
大きく見れば、世界中の民主国家にとって大朗報なのです!

しばしば誤解しているヒトが居ますが、
トランプ=保守のコアじゃないです。
政治家でもないですし、実業家とも言い難いです。
実業家ではなく虚業家です。
オヤジが大金持ちだったので、成り上がりですらないです。
単なる「エゴに凝り固まった見栄っ張りのドラ息子」というのが正解です。
古典の一冊も読んだことがない、あるいは読めないオトコです。

要するに、教養がないのです。
教養が無いので、逆に「庶民的」と見られ、一定の人気があるのです。

彼が考えているのは自分だけ。
お気に入りの(金をばらまいて近くに居るだけの)連中に取り囲まれ、
一生ちやほやされて過ごせれば幸せなオトコなのです。
彼のスローガン、「アメリカ・ファースト」は、
「自分が良ければそれで良い」を国レベルに拡張しただけです。
要するに、「アメリカが良ければそれで良い」ということです。
実際に、アメリカくらいの大国ともなれば、基本、
自国だけで経済がまわります。
その気になれば、以前の「モンロー主義」に立ち返ることも可能です。
モンロー主義に関しては、ググって下され!※
※マリリン・モンロー主義ではありませぬ・・・。

第二次世界大戦前夜、戦争に乗り気でなかったアメリカ国民を説得すべく、
北西大西洋上において、チャーチルがルーズベルトを説得した話は有名です。
おかげでハルノートを日本に突きつけ、
まんまと真珠湾攻撃に導くことができました。
一気に沸騰した米国世論ですが、その後の展開はご存知のところです。

で、二つの大戦を経験した米国と世界ですが、これではいけないと考え、
国際連合の枠組みを作り、これを遵守すべく、
あらゆる努力をしてきたわけですが、
如何せん共産主義~独裁主義国家と資本主義~民主主義国家とに二分され、
いまだに世界平和には程遠いのが、ウクライナを見るまでもなく、現状です。

で、このような大戦を経験した米国ですが、
「モンロー主義ではいけない。引きこもりでは世界平和を保てない!」
ことに気づき、
積極的に対外的な問題に対応するようになりました。
で、1989 年のベルリンの壁崩壊後は、アメリカ一強、いわゆる
「パックス・アメリカーナ」の時代を迎えることとなります。

以上、簡単に見てきましたが、
戦後生まれの我々は戦後のアメリカしか見ていないので
戦後のアメリカの拡張主義こそがアメリカの本質と考えがちですが、違います。
トランプに代表されるように、
一朝事あらば、米国は引きこもり政策に陥る可能性があるのです!
米国民からすれば「自分たちの国の運営を自分たちで決めるのがなぜ悪い!」
との反論が出るのは自然ですが、
これまで米国が振ってきた民主主義の旗のもとに結集してきた国家としては
大きくはしごを外されることになります。
「欧州の安全保障は自分たちでやってくれ!」とか、
「極東はアリューシャン~ハワイ~グアム線まで後退する」とか、
これらは、「全く持って非現実的な話である!」
というわけでは決してありません!
今後中国の力がさらに増加した場合、米国との裏取引の可能性も
ゼロではありません。

教養ある保守本流の共和党重鎮連はこういう点をよくよく承知しているので、
引きこもり政策はとらないと思います。
まともな本の一冊も読まず、
壇上で踊って騒げば喜ぶ人たちを相手にしているトランプ氏ですが、
「アメリカ人も、取り合えずはちゃんと分かっているんだな・・・。」と
取り合えずは安心したセンセでした。





今月のウクライナ-74

ウクライナで動きが出てきました。
TV でロシアの国防相がへルソンから部隊を撤収すると発表してましたが、
ゼレンスキーを含め、センセなんぞも
「堂々と TV で発表なんかするかなあ?怪しいんじゃないのか?」と
考えてましたが、どうやらホントに撤収しているみたいです。

で、ドニエプル川にかかる最後の橋に殺到するロシア兵に対し、
ウクライナ軍は通常のロケット弾を
「東部戦線のソ連軍もかくや」とばかりに猛烈に打ち込みました。
で、その結果、悲惨な光景がまたもや繰り広げられてます。

加えて、その、最後の橋をロシア軍自らが破壊した結果、
数千の兵が取り残されてしまいました。

一方で、ウクライナ軍は数十の集落を取り戻したと同時に、
一部はへルソン市内に侵入し始めているとのことです。

以上の情報が正しいとすると、
司令部は部隊の撤収命令を出していることから、
市内に残っているロシア軍は「取り残された」兵士ということになりますので、
そうなりますと、これらの残存兵には戦う意志はない、と考えられます。
そうなりますと、恐れていた市街戦もなく、
必然的に、ウクライナの全面的勝利、ということになります。
先の情報が正しいとすれば、の話ですが・・・。

で、これらの「取り残された」兵の一部は軍服を脱ぎ捨て、
平服に着替えて一般市民に紛れている、との情報もあります。
で、これって、南京陥落時のいわゆる「便衣」と同じになりますので、
ウクライナ軍の取り締まりの対象となるはずです。
便衣兵の摘発は厄介な任務ですので、下手すると、
ぞろ「人権」の問題が頭をもたげ、
西側からヤンヤヤンヤいう輩(やから)が出てくる可能性も生じます。
「攻守所を変える」ということです。
同様に、今後は、残存するロシア寄り市民の扱いも問題となってくるでしょう。

一方で、軍事的には、
主力部隊を撤収させて東岸に陣を貼る方がよっぽど賢いわけですが、
上流部に存在するダム、あれ、どうしますかね?
一部に損傷がありますが、基本は無傷と見られます。
で、これの破壊はウクライナの東岸への進軍阻止につながりますが、
同時に、クリミアへの水の供給を自ら断つこととなりますので、
ロシアも簡単にはこれを完全に破壊することはない、と個人的には思います。
ウクライナも同様です。

で、へルソン陥落により部隊の壊滅は免れたわけですが、
プーチンのメンツは丸つぶれ、と言うわけで、
今後の落としどころがさらに不透明になってまいりました。

けれども、先のセバストポリへのウクライナ軍による攻撃で、プー氏、頭にきて
「ウクライナによる穀物の輸出は再び停止する!」とか言ってましたが、
結局は再開の許可を出しました。
また、今度のへルソン撤退においては、堂々と TV で発表し、しかも
その通りに実行しました。
ま、へルソンに関しては、も少し様子見が必要だと思いますが・・・。

いずれにせよ、こうしてみると、プー氏、
「自らの破綻に世界を付き合わせるのだ!」的な、
大戦末期のヒトラーのような
狂気じみた精神世界に住んでいるわけではない、
とも感じます。
へルソン撤退の TV 放送は、これは国内向けのもの、とも思います。
「無謀な万歳突撃やら玉砕戦法やらはやりませんよ、
ちゃんと合理的に撤退するときは撤退しますよ、
だから皆さん、安心して軍隊に来てネ!
安らかにお眠りいただけますよ!」
というカンジ・・・。
ホントのところは分かりませぬ・・・。

ウクライナにとっても、当面、ドニエプル渡河作戦は困難だと思われます。
大規模停電に晒されつつあるウクライナ市民ですが、やはり、
この冬を乗り切り、敢闘精神を失うことはなく、
かつ、西側が援助継続の意思を示し続けたならば、
その時に、プーチンとロシア国民には相当程度の変化が現れてくるのでは?
と思ってます。



今月のウクライナ-73

今夜は月食。
ここ坂城は周囲を山で囲まれてますので、
お月さまが東の山から登ってきたのは 6 時ちょい前くらい。
まん丸の名月ですが、6 時過ぎから段々と欠け始め、
今現在完全に隠れてます。
でも、うっすらと形が分かりますけどね。
センセのアパートの二階の窓から良く見えます。

10 年ちょいくらい前には皆既日食もありました。
その時は研究所の二階のベランダから助手の腰原クンと一緒に見てました。
透明プラスチックをマジックで黒く塗りつぶして観察してました。※
懐かしいですね。
※これ、目の保護には不十分ですのでマネしないこと!

ウクライナですが、再び膠着状態に陥っているように見えます。
相変わらずのロケットによる首都キエフの発電工場への攻撃が続くと同時に、
相変わらずのロシア軍のおまぬけぶりも目立ってます。
南部へルソン市はもぬけの殻なのか、あるいは偽情報を流しているのか、
ウクライナ軍も疑心暗鬼、といったところです。
厳冬期になって進軍可能となれば、再び激戦が始まるのでしょうか?


さて、ゲルマンの侵入が相次いで西ローマ帝国は崩壊してしまいますが、
実態は「崩壊」というようなカンジではなく、
単に支配者が代わった、というカンジみたいです。
ガリアの地、すなわち現在のフランスですが、
ここにはローマからの移住民も数多く住んでおりました。
ゲルマンの連中も当初は略奪三昧の野蛮人だったのでしょうが、
圧倒的に進んでいたローマ文化に触れ、徐々にお行儀よくなっていき、
言葉も変化していきます。
ゲルマン前にはここにはケルト人が住んでいたわけですが、
彼らはすでにローマ化しており、
ガロ・ローマ文化という折衷文化がこの地に存在しておりました。
ガリアの地にはフランク王国が、スペインでは西ゴート王国が、
カルタゴにはヴァンダル王国が、
という具合に各地にゲルマン系の王国が林立しますが、
遅かれ早かれみなローマ化していきます。
ここのところの事情は、中国に侵入して時の王朝を倒した蛮族の連中が
たちまち中国化してしまったのと同じ事情のように思えます。

このように影響力の強かったローマ文明ですが、
その影響力の最たるものが、キリスト教です。

キリストさんがパレスチナの地で布教活動を始めたころはローマに弾圧され、
磔(はりつけ)にされてしまうわけですが、
3 日後にめでたく復活するのは皆さまよくご存じのことかと思います。
これを祝うのが復活祭で、ハロウィンじゃなくてイースターの方です。
日本人は宗教に関係なく面白そうなものはなんでも取り入れてしまいますので、
そのうち鶏卵業に携わる方々が火をつけ、土用の丑の日じゃありませんが、
復活祭には恋人にゆで卵を 1 ダース送ろう!」とか言い出す可能性もあり、
街に繰り出して大騒ぎする連中も出てくるかもしれませんが、
くれぐれも狭い路地には行かないでくださいよ、ホント・・・。

で、あの享楽的な古代ローマ人が
なぜ抹香(まっこう)臭いキリスト教なんぞを受け入れたのか、謎ですが、
やはり世界宗教と言われるものにはそれなりの何かがあるのでしょうね。
信仰の前には平等であるとか、自身の良心に恥じる行いをするなかれとか、
あるいは本当の心の平安を得るためにはどうすれば良いのかとか・・・。

確かに、
タイコをどんどこ叩いて夜通し踊りまくったり、
太陽が明日も登ってきますように、と祈って人身御供をたくさん捧げたり、
憎いあん畜生がこの世から居なくなりますように、と祈って
神社の御神木に五寸釘で人形を打ち付けたり、
薬草を噛んでトランスに陥ってニワトリの首に噛り付いたり、
この手の「宗教」とは一味も二味も違うのは間違いないところです。

ましてや瀬戸物の壺を数百万で購入すると天国に行けるとか、
その額が多ければ多いほどより素晴らしい天国に行けるとか、
自由恋愛をすると地獄に落ちるとか、
あれやこれやこれやあれやとか・・・。

「これは宗教だ!」とか「これは芸術である!」とか、
言ったものが勝ち、みたいなところがあります。
どこぞの自治体が「ハコ」に 3 億円支払って問題となってますし、
どこぞの美術館では上下逆さまで数十年間も絵画を展示してましたし、
どこぞの展示会では「表現の自由だ!」(あるいは不自由だ!)との名目で
あからさまな誹謗中傷を行ってますし・・・。


ピカソが有名になる前、道端にピカソの絵が落ちてました。
皆さんは、その絵を、拾いますか?
ピカソが有名になる前です。
有名になった後は、その絵には 5 億円の値段が付きました。

ピカソが有名になる前に道端に落ちていたピカソの絵、
皆さんは拾うことができますか?