腰原クンの送別会

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みなさまこんにちは!春分も過ぎましたが、まだまだ風の冷たい坂城です。
先日、「昭和40年代:時代と音楽-6」でもご紹介したチャック・ベリー氏が死んでしまいました・・・。90歳。今年には数十年ぶりのアルバムを出す予定だったそうですが、達成できず、残念です・・・。
だんだんと60年代のロック歌手も減っていきますが、ここは一つ、本邦が誇るロックンローラー、内田裕也氏に是非ともガンバってもらいたい!と、知る人ぞ知る坂城町が誇る恐怖のロックンローラー、中山センセがエールを贈ります。

さて、春はまた、お別れの季節でもあります。
本日は、先週行われた腰原菜水(なみ)クンの送別会の模様をお伝えしようと思います。
彼女は過日、めでたく結婚され、姓も変わりました。いわゆる「寿退社」です。でも、センセにとっては、いつまでも菜水ちゃんのまま。「腰原クン」のままです。

送別会は、3月17日の金曜日、上田駅別所口の東急ホテル1階の日本料理店「なぶら」で行われました。喜源バイオジェニックス研究所御用達の店です。

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センセからの花束贈呈。チャ~ンチャ~~~カチャ~ンチャン・・・


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13年間、本当にご苦労さまでした!


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前沢さんから記念品の贈呈。前沢さん、なぜにキャピキャピ踊ってる???


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取引先のアズ・サイエンス社、木村クンから記念品の贈呈。木村クン、ありがとう!


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同じくアズ・サイエンス社、岩井クンから金一封!新居購入の足しにしてください。岩井クン、ありがとう!アズ・サイエンス社の社長さん、ありがとうございます!


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真ん中が腰原クン。左から、新人の長山クン、アズ・サイエンス社の遠山さん、新人の宮沢さん、後ろで左手を挙げてるのが岡田クン、腰原クンの肩に手をかけてる前沢さん、顔の表面積が大きめの木村クン、クールに決めてる岩井クン。遠山さんは岡田クンと同じ大学出身で、しかも同期だそうです。飲みっぷり、歌いっぷり、ともにナカナカのものでした。仕事っぷりに関しては知りませぬ・・。


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もう一枚。岡田クン、今度は右手を挙げてる・・・。何を訴えてるのか?木村クン、前沢さんの後ろに隠れてしまったが、顔が大きいので、はみ出してる。月食みたいですネ!ソーシャルダンスを習っている岩井クン、さすがにポーズが決まってます。長山クンと宮沢さん、良い笑顔ですネ!前沢さん、腰原クンの肩をもみもみ・・・。


腰原クンは、丁度13年前、さかき第一研究所(テクノさかき研究室)に入社されました。以来、前沢さんとともに、研究~製造に日々尽力されました。センセと前沢さんと腰原クンのたった三人の日々が、本当に長らく続きました。いつもそこに居るのがあたりまえの彼女だったので、今でもセンセは研究室に彼女が居ないのが不思議でなりません。ナンか、長期休暇をとっていて、そのうちひょっこりお土産を持って帰ってくるような気がしてなりません・・・。

それでは腰原クン、末永く、お幸せに!


坂城散歩道-10

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みなさまこんにちは!坂城は今日も良い天気です。

ここ数週間の週末、坂城はお天気に恵まれ、センセもお散歩がてらの山登りとかに励んでます。土曜日は専ら疲れてますので一日中部屋にひっくり返ってるのが多いのですが、日曜日には回復し、お出かけ、というパターンが多いです。で、当然、月曜日は疲れて会社のPCの前で仕事をするフリをしてボヤ~っとしてる、というパターンとなります。と、いうのは冗談ですので、信じないこと!(と言うか、他言は無用!)

で、先週の日曜日は、近くの和平(わだいら)高原を散策してまいりました。
秋の和平高原は以前に「坂城散歩道-2」でご紹介いたしましたが、今回は晩冬の和平高原をご紹介します(真冬は無理!)。

和平までの道.jpg
坂城の町の雪はほとんど消えましたが、和平への道はまだまだ残雪も多い・・・。
まだ当分、バイクの出動は不可能です。


和平看板.jpg
で、わずか15分くらいで到着します。この近くに車を停めて、歩いていきます。


キャンプ場への道.jpg
キャンプ場への道。雪がアイスバーン状態で、何度かコケそうになりました。


キャンプ場ロッジ.jpg
キャンプ場のロッジ。当然、人影は見あたりません。


廃屋.jpg
キャンプ場の向かいにある「ラム肉料理屋、元祖信州サフォーク牧場」!!!
廃屋ですが・・・。


真田方面へと向かう道.jpg
真田方面へと向かう道。この季節、誰も通らない。


大道山?.jpg
南東に大道山(だと思う)を臨む。手前は鳩が峰(だと思う)。


南西方向を臨む.jpg
南方向。正面に見えるのが、虚空蔵山。その右側に大きく切れ込んでいるのが、「のぞき」と呼ばれる戦国時代の大きな堀切の跡(だと思う)。その西側(写真右方向)が、先々週に登った和合城跡(だと思う)。


ここからダート.jpg
雪が無ければ、ここからは赤土のダート道のはず。雪が溶ければ、ここからバイクで地蔵峠まで進軍開始予定!今回は徒歩で縦走だ!


カモシカの足跡.jpg
けものの足跡。偶蹄類。カモシカだと思う。センセの足跡をこの上に重ねて行きます。センセも昔、「ケダモノ!近寄らないでっ!」ってよく言われたので、大いに資格ありかと思います。うそですよ!本気にしないでね!


坂城-真田 看板.jpg
分岐点に到着。ちょっとピンぼけで申し訳ない・・・。ここから先はさすがにカンジキの類がないと動けませんので、ここから引き返した。

で、しばらく歩いていると、左側になにやら気配が・・・。見ると、10m先くらい先に大きなカモシカがドットとセンセから逃げていく!で、急いでカメラを向けて撮影!


カモシカ-1.jpg
雄か雌か分かりません。カモシカの雌雄を区別するのは難しいそうです。


カモシカ-2.jpg
しばらくにらめっこ。ようやく相手も、こちらも同じ「ケダモノ」だと認識したのでしょうね!ナンか、誇りに思うぞ!!!写真は遠くに写っているモノを引き延ばしたもの。なので、ちょいとボケてます。


白樺、モミ~ツガ~トウヒ.jpg
帰り道、キャンプ場ロッジの遠景。ロッジは白樺林の中にあり、手前には大きなトウヒの木(だと思う)。左手前はカマツカの木(だと思う)。だいたいこの標高(およそ1,000m)から、白樺~モミ~ツガなどが現れるようになります。


カマツカの実.jpg
カマツカの木の下には、小鳥が食い散らかした赤い木の実がたくさん落ちてた。


北極キツネ.jpg
おとなしくお留守番をしていた北極キツネクン。坂城で楽しく暮らすには、軽の四駆は必須です。


和平地図.jpg
本日のルート。車でわずか15分くらい。お昼を食べて、ちゃちゃっと出かけて、そんで野生のカモシカに遭遇できますので、センセにとってはとても楽しい町です。これでカモシカには2回遭遇しました。

一度、千曲川を、立派な角を生やしたニホンジカの大きな雄が悠々と泳いでいるのを見たことがあります。対岸の蓼科方面にはニホンジカがうようよ居ますが、坂城方面では、少なくともセンセは見たことありません。千曲川が侵入を防いでいるのでしょうかね?ネットで調べたところ、2001年の「長野県ニホンジカ保護管理計画」の地図が見つかりました。これを見る限り、やはり千曲川が防波堤になっているようです。

クマに関しては、これは確実に居ます。「坂城散歩道-2」でも紹介したように、センセも足跡を見つけたことがあります。研究所のすぐ裏の水晶林道でも、時々クマの罠がかけられたりします。

一度、大きなムジナ(ニホンアナグマ)が、すぐ裏の農道にひっくり返って死んでいるのを見つけたことがあります。まるまると太って50cmくらいもある成獣です。最初は車にはねられたのかな?と思いましたが、目立った外傷も無く、死んだばかりで腐敗も無く、仰向けにきれいに横たわっておりました。センセが推測するところ、道の端が切り崖になっておりますので、そこから落ちたところが打ち所が悪く、お陀仏、という結論となりました。ナムナム・・・。

一昨年完成したばかりの第二研究所周辺には、多くのキジが居ります。春から初夏にかけて、「ケーンケーン」とうるさいくらいに鳴いてます。時には雄雌のペアが草むらからいきなり飛び出してきて驚かせます。

従業員の前沢さんは地元の方で、山の方に住んでますが、イノシシには畑を荒らされ、テンやイタチは天井でドタドタうるさいだの、研究所では白いヒゲを生やしたケダモノに悩まされるだの、、、

どーもスイマセンね!

坂城散歩道-9

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みなさまこんにちわ!今日もブログを更新しますよ!

先週の日曜日、近場の山を登ってきました。
ここ坂城盆地は、西は千曲川が走り、他の三方は山で囲まれた、天然の要害と言ってもよいところです。戦国時代に坂城を治めていた村上義清は、これらの山々の多くに山城や狼煙台(のろしだい)を設け、武田信玄との戦に備えていました。
「坂城散歩道-3」ではそのうちの一つ、坂城町の北面にそびえる葛尾城跡をご紹介しましたが、本日は南面の守りである和合城跡をご紹介します。

~ (4).jpg
Googleの航空地図で見てみると、上田市から国道18号線で坂城に入る時に最も幅が狭くなる場所です。実際、国道の幅しかありません。ここを押さえておけば、少なくとも千曲川東岸は、進軍不可能となるはずです。


~ (3).jpg
すぐ近くのスーパー駐車場から撮った全景写真。センセがいつも利用しているスーパーの裏に、登山口があります。


~ (2).jpg
ここが登山口。


入り口の道祖神.jpg
登山口には一対の道祖神が・・・。登山の際にはお祈りしませう。


入り口のお墓.jpg
入り口は墓地になってます。左の道が、登り口。山の中腹まで一気の直線です。甘く見ない方がよい・・・。


登り-1.jpg
なかなかガレてます。石の上に足を乗せるとコケるので注意!


登り-2.jpg
中腹からはつづら折りの道になりますが、道幅も狭く、ほとんど獣道状態。おまけに山頂に近づくにつれてツンドラ状態になって滑りやすくて結構怖い・・・。
しっかり登山靴を履いて登りましたが、アイゼンが欲しいくらい・・・。


下り-1.jpg
日が当たる場所には雪はない。結構な斜面だと分かる。


看板-1.jpg
ようやく尾根に到達!もう少しだ!


堀切-1.jpg
尾根づたいに和合城跡を目指して進むと、いきなり堀切(ほりきり)が・・・。
山城めぐりはこういうところが面白い!


郭へと続く道.jpg
堀切を渡ってさらに進むと郭(くるわ)らしきものが・・・。


看板-3.jpg
町の教育委員会が設置した看板。文字はナンとか読めるが、せっかくの絵が・・・。これでいいんかい!これを言いたかっただけなので、あまり気にせんといてください)


頂上の木.jpg
郭の前にそびえる木。葉っぱが無いのでよく分からないけど、エノキ?ケヤキ?


郭-1.jpg
ようやく先端の郭に到着!ナンか、203高地みたいで、中からロシア兵に狙撃されそうな雰囲気・・・。


郭の看板.jpg
やった~!バンザイ!日の丸をふりたい気分だね!


坂城方面-1.jpg
北面の坂城側を臨むと、遠方には北アルプスの白い峰が延々と・・・。
右の段々の山が、葛尾城跡。


塩田平.jpg
こちらは反対の塩田平。山の先端がプッツリと切れてますが、あれが岩鼻。
そのうち紹介いたします。


上田方面-1.jpgこちらは上田市。上田と坂城、両方に睨みをきかせる場所であることがよく分かります。この先端の郭は、狼煙台として使用されていたそうです。


陣場平方面.jpg
陣馬平方面。そのうち、ここから虚空蔵山に向かって進軍しようと思ってますが・・・、どうなりますか・・・。


下りの道.jpg
下りの道。あいかわらずガレてます。ひっくりこけてお尻でも打ったら大変!

和合城址までの地図.jpg
本日のルート。スーパーまではジムニーで行きました。
次回は「晩冬の和平(わだいら)高原」をご紹介いたします!

坂城散歩道-8

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みなさまこににちわ!お元気ですか?
厳寒の中にも段々と春の気配が・・・という今日この頃です。
仕事を終えて帰る時も、ちょいと前までは真っ暗だったのが、最近はうっすらと明るくなり、少しずつ日も長くなりつつあるのが感じられます。厳寒の日々から開放されるのももうじきですが、いつなんどきぶり返しが来ても可笑しくないのが今の時期ですので、まだまだ油断はできません。

というわけで、先月中旬に列島を襲った大寒波のあと、お天気になって気温も上がったので、菅平(すがだいら)に10数年ぶりに2週連続でスキーに行ってまいりました。スキーに行ったことなぞわざわざ紹介するまでもないと思いますし、取り立てて取り上げるべき話題もないですし、おまけに「菅平」って「坂城」じゃないのになんで「坂城散歩道?」っていう突っ込みも重々承知の上で、あえてご紹介させていただきます。何故か。


「雪のゲレンデがあまりにも美しかったから・・・」。


菅平-1.jpg
で、どうです?やっぱ良いですね!
坂城から菅平まで、車でおよそ50分。昨年買ったジムニーの新車で行きました。


ジムニー.jpg

ジムニー、可愛いですね!特に白のジムニーはスキー場では保護色で、北極キツネみたいです。
センセは昔、第一世代の幌付きオリーブドラブのジムニーに乗ってました。爆笑話が満載なんですけど、そのうちお話しますね!


ゲレンデ.jpg

正面に見えるのは隣接する「つばくろ」のスキー場。さ、いよいよ滑るぞ!!!


根子岳.jpg

本日2月22日は「猫の日」だそうですが、こちらは根子岳(ねこだけ)。以前は頂上までのヘリコプター輸送も行っていましたが、スキー人口が減少した現在、サービス停止のようです・・・。リフトも何本か停止してました。

センセがスキーを始めた頃はカービングなんか無く、真っ直ぐで長いヤツしかありませんでした。だもんで、「スキーとは転ぶことと見つけたり!」そのままでした。菅平で初めてスキーに行ったのが、今から14~5年前。初めはレンタルで昔タイプの板を借りてましたが、ほどなくカービングが登場。ブーツやその他と共にひとそろい購入して、それからはしばらく毎年のように通ってました。でも仕事が忙しくなってそれから10数年ご無沙汰。で、ここにきて研究所にもヒトが増えてきてようやく時間がとれるようになりましたので、カービングスキーの上に積もってたチリやほこりを払って、久方ぶりにゲレンデの上に立つことができました。

で、その結果・・・。二日とも2回ずつすっころびました・・・。加えておよそ二週間の間、背中~腰~ふとももの痛みに悩まされる羽目に陥りました・・・。
ホント、バイクと言いスキーと言い●●●と言い、転んでばかりのセンセの人生でございます・・・。

菅平までの地図.jpg