今月の書評-113

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さて、中国の正史の中で倭人について書かれているものの初見が、いわゆる魏志倭人伝です。
正式には、三国志・魏書・烏丸鮮卑東夷伝(うがんせんぴとういでん)の中の一項目、という位置づけなります。
陳寿(ちんじゅ)という、西暦 233~297 年の間に活躍した西晋の官僚によって書かれました。卑弥呼さんと同時代の方です。

で、正史における倭人に関する初見が魏志倭人伝、ということになりますが、正史でなければ、すでに「今月の書評-86」に記した王充(おうじゅう:西暦25 年~1 世紀くらい)の論衡(ろんこう)など、倭人に関して書かれたものは他にもいろいろあります。

じゃ、正史ってなに?ということですが、次々と変わる中国の王朝、これらはしばしば直前の王朝を攻め滅ぼしたあとに自らを立ち上げて作られますが、これら新たに立ち上げた王朝が、前の王朝の歴史を委細事細かに筆まめに記して、「これが正しい歴史です!」と、自らの正当性をアピールするものが、正史というものであります。

従いまして、基本的には正史は王朝順に書かれているはずですが、いわゆる魏志倭人伝の場合、どゆわけか陳寿さんが魏志倭人伝を書いた後に正史「後漢書」が書かれまして、そして、後漢書の中にも倭人伝が登場します。魏の前が、漢です。もちろん!

で、正史の場合、新しい知見が加わらなければ、前の時代の正史の文が、基本、そのまま引用されたりします。従いまして、後漢書の中の倭人に関する文は、その多くが魏志倭人伝からの引用になります。実際に読んでも、ほとんど同じです。従いまして、こういう点から言っても、陳寿さんが書いた魏志倭人伝は歴史的資料価値が高いのです。また、卑弥呼ちゃんと同時代という点にも、意味があると思います。

で、実際に両者読んでみました。白文で。嘘です。

ほとんど同じでした。
でも、いくつか異なる点がありました。
それはやっぱし、方位です。
いわゆる狗奴国(取り合えず「くなこく」と読んどきます。例の、邪馬台国と仲が悪い国です)の方位が異なります。
後漢書では狗奴国は女王国の東の海の彼方に存在しますが、魏志倭人伝では狗奴国は邪馬台国の南に位置します。

また、後漢書では、魏志倭人伝でこまごまと書かれている例の邪馬台国までの道のりの記述が一切省かれてます。

また一方で、例の侏儒国(こびとのくに)と黒歯国(くろいはのくに)の位置は両者共に邪馬台国の南の果てに指定されており、さらに、倭国の基本的位置に関しては、これも両者共に「おおむね、会稽(かいけい)の東冶(とうや)の東にあり、海南島に近い」と書かれてます。

後漢書の倭人伝を書いたのが南朝宋の范曄(はんよう・西暦 398~445 年)ですから、陳寿のおよそ150 年後、ということになります。
この 150 年の間に陳寿さんの方位に関する記述の間違いが改められたのかどうなのか、ホントのところは分かりませぬ・・・。
また、邪馬台国に至るまでのこまごまとした記述が全て省略されている点も、その後の「調査」から削除されたのかも知れませんが、これも、ホントのところは分かりませぬ・・・。

けれども両者共に、倭国は相当に南に位置する、と考えていたことは明らかです。会稽(かいけい)の東冶(とうや)の東」というのは、緯度にするとおおよそ北緯26° くらいの現在の福建省の福州市、沖縄本島と宮古島の間くらいになります。

「海南島に近い」ってえのは何をかいわんや、かと・・・。

中公新書 2012 年初版の渡邉義浩というヒトが書いた「魏志倭人伝の謎を解く」という本が手元にありますが、彼が言うには「陳寿さんは儒教の理念に基づいて書いたため、このような記述となった」とのことですが、穿ちすぎ(うがちすぎ)だと思います。
単に、方位測定技術が未熟であったから、この程度の認識しかなかった、というのが正解だと思います。
あるいはまた、「取るに足りないあづまえびすの事柄」なので、大した注意を払っていなかった、というのが本当だったのかもしれません。

要するに、魏志倭人伝に描かれている方位から分かることは、
倭国は東から南の海の方にあって、北西の砂漠の方じゃないよ!
くらいのものです。
ですので、方位や距離なんかで邪馬台国に関して頭を悩ます必要はなくって、その他のもっと確実なことから推定する方がよっぽど賢いと思います。






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このページは、喜源テクノさかき研究室が2021年4月 4日 14:13に書いた記事です。

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