今月の書評-65
ここからはしばらく、中橋孝博氏の「日本人の起源:講談社学術文庫」の一部をもとにして、センセの妄想を膨らませていきたいと思います。
1. 今からおよそ5000 年くらい前の人骨は、縄文人とも弥生人とも、または同時代の華北人とも、全く異なる。
2. ところが2800 年から2500 年くらい前の「春秋~前漢」時代の人骨は5000 年前の人々とは大きく異なり、弥生人と瓜二つである。
3. mtDNA 分析では、弥生人と全く同じパターンが得られたケースもあった。
調査の時代が古いこともあり、DNA 分析もミトコンドリアに限られ、しかも数が少ないので決定的とは言えませんが、少なくとも形質学的な結果からは、弥生人と当時の江蘇省から山東省にかけて住んでいた人々は「専門家ですらビックリするほど」酷似していた、ということです。驚きですね!
上の結果を素直に読み解くと、以下のようなシナリオが描けるかな?
5000 年くらい前、
長江下流域には水田稲作技法を発明したYDNAのO1b の連中が
稲作を土台とした長江文明を築いて大いに栄えていた。
↓
数千年かけて
より北の黄河文明の連中(YDNAはO2) と文化的~肉体的に混交した結果、
江蘇省から山東省にまたがる地に、
両者を主体とするハイブリッド民族が生まれた。
↓
気候の寒冷化により、人口の減少、人々の移動圧が生まれ、
同時に戦争圧も高まった。
一部は海を渡り、一部は留まって国家を形成し、残りは南下した。
↓
より南の、O1b 色をより強く残した連中は、水田稲作技法を伴い、
ところてん式に、
東南アジアから東インドにかけて幅広く拡散して行った。
たぶん、こんなカンジでしょうか。
仮にこれが正しいとすると、弥生人=江南のハイブリッド人となりますが、いやいやナカナカそうは簡単におろす問屋はござりませぬ、という気もします。
その理由は、また後程に・・・。



ボーグエンザップ ウイキペディアより https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%83%E3%83%97
アジアの、いずれ劣らぬ英傑です。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 今月の書評-65
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.kigen-technosakaki.jp/old/mt/mt-tb.cgi/251