お焦げとガンについて-7

| | トラックバック(0)
ヘテロサイクリックアミンと動物実験

ヘテロサイクリックアミン(HCA) の様な「体内で代謝を受けた後に発ガン性が生じる物質」の動物実験を行う場合、動物種の違いによって代謝酵素の働きが大きく異なる可能性があるので注意すべき、と言うお話を前回致しました。

この様な事情により、ここ最近、ヒトのCYP1A2 遺伝子を発現させたマウスを用いてHCA の実験を行う報告が見られる様になりました。具体的には、ヒトCYP1A2 遺伝子を組み込んだマウスにHCA を投与し、その後にさらにデキストラン硫酸(DSS) と呼ばれる、大腸に炎症を惹起(じゃっき=引き起こすこと)するような物質をマウスに与えて、大腸ガンの発生の有無を見る実験系です。

その結果、元々のマウスのCYP1A2 遺伝子を持ったマウスに比べ、ヒトCYP1A2 を発現したマウスは、より少量のHCA で、より短期間に、大腸ガンを発生する様になる事が分かりました。

ここで用いたHCA はPhIP と呼ばれるHCA で、これをラットに単独投与すると大腸ガンを作りますが、マウスに単独投与した場合には大腸ガンは出来ません。マウスの場合はDSS の様な炎症惹起物質を投与して始めて大腸ガンが生じます。この時DSS のみを単独投与した場合は大腸ガンは生じず、単に大腸に炎症が出来るだけです。つまり、HCA は典型的な細胞変異因子ですが、ラットは他の因子の介在が無くとも大腸ガンが発生する一方で、マウスの場合はDSS と言う補助因子の介在があって始めて大腸ガンが発生する、と言う事です。

同じネズミであってもラットとマウスの違いだけでこれだけHCA に対する反応が異なります。また、先のヒトCYP1A2 マウスと自らのCYP1A2 マウスの実験結果から、ヒトCYP1A2 の方がマウスCYP1A2 よりもPhIP を発ガン物質に変える働きが強い、と言う結論を導く事が出来ます。

HCA の動物種による感受性の違いを別のアプローチから調べた実験もあります。

一般的に、系統樹上において、ヒトから遠くなるほど様々な形質~性質も異なってくると考えられますので、ネズミを用いた実験よりも普通のサルを用いた実験の方がヒトに対する反応をより正しく表現すると考えられますし、普通のサルよりもチンパンジーやゴリラなどの類人猿を用いたものの方がさらに正確度が増すと考えられます。
類人猿は稀少動物ですし、加えてヒトにより近い動物を用いて実験を行うことはヒトの心に訴えるものがありますので、これはナカナカ行われません。

と言うので、普通のサルを用いてHCA とガンの関係を調べた実験報告があります。ネズミなどを用いた実験に比べて比較的現実的にヒトが日常的に摂取すると考えられる量に近い程度のHCA をサルに長期間投与して、様々な臓器に発生するガンとの因果関係を調べた実験です。
これまで述べてきたPhIP に対する明白な因果関係は見られなかったのですが、IQ と呼ばれるHCA に対して比較的強い因果関係が見られました。このIQ と呼ばれるHCA は、以前に紹介したエームズテストで調べると、PhIP に比べて非常に強い変異原性を発揮するHCA です。但し、焼き肉中の量はPhIP に比べて少ないです。
即ち、系統的に遠い存在であるネズミを用いた実験においては因果関係が必ずしも明らかではなくとも、サルの様な系統的に比較的近縁の動物を用いた場合にはHCA の発ガン性はより明白となる可能性があり、加えて、発ガンに関わるHCA の種類は必ずしも焼き肉中の量にのみ依存する訳ではなく、その変異原性の強さも大きく関与している可能性がある、と言う事を示唆する結果だと思います。

以下、再びネズミを用いた実験のお話に戻りますが、一般論として、まず基本的に、HCA を与えて目の前でガンの発生を統計学的に有意差をもって(スミマセン!すんごく難しいですネ!)、しかも短期間に、発生させる必要がありますので、投与量は相当程度に高める必要があります。
一方で実際には、日本人の男性が70 ~80 歳ぐらいで大腸ガンに罹患する割合は、最近の統計で10 万人当たり500 人ぐらいです。
極々単純化して言うと、1000 人のヒトが数十年生きながらえた後、漸く5 人 ぐらいに発生する大腸ガンと言うイベントにおいて、その食事と発ガンとの因果関係を調べるための実験系をネズミを用いて組む場合、どの様な青写真を設定すべきなのか、と言う事なのです。

上記の様な、基本的に「ぼや~っ」としたイベントを、そのまま「ぼや~っとした発生率」を反映する様な形での動物実験を仮に組んだとしても、その結果は当然「ぼや~っ」としたモノとなりますので、とても「評価出来る様なシロモノ」とは成りようもありません。

以上の結果から、従いまして、基本的に、動物実験には予め想定されるべきバイアスが存在し、その様な、個々の実験系に特有のバイアスの存在を無視した議論には、そもそも意味が無い、と言うべきかと思います。

次回から疫学的なお話をする予定です。では皆様、ราตรีสวัสดิ์ ラートリーサワっ!






トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: お焦げとガンについて-7

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.kigen-technosakaki.jp/old/mt/mt-tb.cgi/77

この記事について

このページは、喜源テクノさかき研究室が2014年4月21日 20:10に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「お焦げとガンについて-6」です。

次の記事は「お焦げとガンについて-8」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。