お焦げとガンについて-17

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その他の気になる因子-3

「お焦げとガンについて-11」で北欧四カ国を比較検討した時、フィンランドの特異性もさることながら、ノルウエーの意外性も明らかとなりました。フィンランドの場合は良い意味での驚きでしたが、ノルウエーの場合は逆の意味での驚きでした。すなわち、他の3 ヶ国と比べて特に目立った点は無いのに、どういう訳か大腸ガンの罹患率が最も高かった、と言うことです。

ノルウエーは、お隣のスエーデンや一軒先のフィンランド、海を隔てたお向かいのデンマークなどと比べ、耕地が乏しく、農業牧畜の類は盛んではありません。その代わり、海岸に連なるフィヨルドには多くの良港があり、漁獲量も多く、世界でも有数の海産国として有名です。と同時に、国内にはトナカイなどの野生動物も多いので、これらの野生動物の肉も食肉として幅広く利用されているとのことです。いわゆるジビエですね!
また、1960 年代に北海油田が発見~開発されて以来の欧州でも数少ない「資源国」であるため、国家財政も潤沢であり、豊かな自然や森林資源に恵まれた、ある意味「うらまやしい!」国の一つでしょう。

ただ一点、ガン罹患率が高い点を除いては!

燻製が怪しい?

ノルウエー料理を特徴付けるものが燻製です。ノルウエーは海産資源と野生動物、さらに森林資源が豊かですので、獲ってきた魚やトナカイを干し、さらに木材のチップで燻製にして、暗く、長く、厳しい北欧の冬の保存食としてきた長い歴史があります。従いまして、冷蔵庫が普及した現代であっても、燻製料理は将に、ノルウエーの「国民食」と言う程に思い入れが強い料理なのかも知れません。単なる想像でモノを言ってますので、ホントのトコロはノルウエー人に聞いてみないと分かりませんが、、、。

けれども燻製の怪しさには訳があります。

「お焦げとガンについて-13」で、複雑な組成の有機物を高熱処理した場合には、微量ではあるが、細胞変異を引き起こす様な物質が生じる可能性を指摘し、その様な例としてヘテロサイクリックアミン(HCA)やPM2.5 、ベンゾピレンなどを挙げました。燻製を作る際には木くずを燃やし、煙を発生させて、この煙で肉や魚を燻す(いぶす)訳ですが、この際に、煙の中にこの様な物質が生じる可能性がある訳です。

で、実際に、様々な物質が検出されておりますが、代表的なのが、これまで何度も出てきたベンゾピレンと言う物質です。ベンゾピレン、或いはベンツピレンとも日本語では呼びますが、同じ物質です。下の図の様な構造です。多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons;PAH) と呼ばれる一群の物質の一つです。
ベンゾピレン.jpg
この物質はこのシリーズでも何度も言及している様に、大変強力な変異原物質です。HCA と同じように、生体内に取り込まれた後にCYP 酵素によって発ガン物質に転換され、発ガン性を発揮します。
HCA との違いは、HCA がアミノ酸を多く含む有機化合物の加熱によって生じるのに対し、ベンゾピレン に代表されるPAH はアミノ酸などの窒素化合物が無くても生じる点です。構造式もHCA などと異なり炭素と水素だけで構成され、単純です。構造の細かな違いによって幾つかの種類がありますが、多かれ少なかれ変異原性を有しています。

燻製の場合、肉や魚肉は燻されるのであって直火で調理される訳ではありませんので、HCA 類は原理的に発生しないと思います。その代わり、乾燥を兼ねて煙でじっくりと処理される訳ですので、煙中に発生したPAH が肉や魚肉の表面から内部に進入し、滞留することになります。さらに、元々燻製は肉や魚の長期保存が目的で作られて来たと考えられますので、 多くの場合、肉や魚は燻煙処理前に塩水などによって前処理されます。その結果、塩蔵品よりは低濃度ですが、燻煙肉はある程度の塩分も含む場合が多いです。

ベンゾピレンの動物実験は数多く行われており、その発ガン性に疑いはありません。
燻製肉そのものの発ガン性に関するデータは殆どが疫学からのものですが、疫学の常として、可能性があるとするものと否定するものが混在します。

ここでは、北欧四カ国の国民一人当たりが一日に暴露するであろう量のベンゾピレンを推計したデータを示したいと思います。下の図がそれです(2008年のデータ)。

北欧ベンゾピレン暴露量.jpg
この4 ヶ国の中ではノルウエーが最も暴露量が多く、フィンランドが一番低いと推定されています。ここで言うベンゾピレンの全てが燻製肉から得られるベンゾピレンの量、と言う訳ではありませんが、燻製肉に関する似たような世界的規模のデータが見あたらないので、上の図は貴重です。しかも「お焦げとガンについて-11」で示された矛盾や疑問点が、この図によって大部分説明されます。

やはり、似たもの同士の間で比較する、と言う戦略に誤りはありませんでした。定性的ではありますが、「有機物を高熱処理する事によって発生する物質」とヒトの発ガンとの間には、相当に強い因果関係が認められると結論づけても、大きな間違いは無いかと思います。


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このページは、喜源テクノさかき研究室が2014年4月30日 10:30に書いた記事です。

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