さて、一神教、多神教、どちらでも結構ですが、
「アラーのみを敬え!」とのマホメットの教えを真っ先に支持したのが
姉さん女房のハディージャさん。
その他、最初のころは、
まずは身内の人々やお友達、町の若者たちが彼を支持した一方で、
メッカの普通のオトナたちは彼を単に風変わりなオトコとして無視。
あるいは若者をたぶらかすいかがわしき人物として悪評が広がって行きます。
で、これに耐えきれなくなった一群の信奉者は、
「今月のウクライナ-129」でお話したメッカ対岸のキリスト教の国、
アクスム王国に移り住んでいきます。
イスラム教徒がキリスト教徒の保護を求めた、ということです。
後世の歴史を知っている我々からすれば奇妙な選択に思えますが、
彼らとしては、
キリスト教は一神教、生まれたばかりのイスラム教も一神教、
加えてマホメットの考えによれば両者は兄弟の宗教とのことですから、
特に違和感は感じなかったのでしょうね。
そしてその後にイスラムが強大となり、周辺諸国を続々と併呑していったとき、
イスラムはアクスム王国を滅ぼすことなく、
逆に友好的な関係を維持したということから、
彼らはこの時の恩義を忘れていなかったのでしょう。
ま、アクスムのコプト教はビザンツから見れば異端であったので、
そのせいもあるかもしれませんが・・・。
で、マホメット氏、いかがわしいどころかやはりナカナカの人物だったようで、
段々と信者も増えていきますが、
メッカの北方に位置するメディナの町からメッカを巡礼に訪れた一行が
現在売り出し中のマホメットというのはどんな奴じゃろ、
話を聞いておくのも悪くはなかろう、
とばかりに彼の説法に耳を傾けたところが一発で魅了され、
メディナの町で大評判となり、数年後には、マホメットらは
メディナの有力者らによって町に招聘(しょうへい)されるまでになります。
メディナという名前ですが、ご多分に漏れず、
最近ではマディーナと呼ぶ方式が広まりつつあります。
また、
本来はメディナ(マディーナ)は単に「町」を意味する言葉だったらしく、
現在では「旧市街」などを表す単語としても使われることも多いとのことですが
(ウイキより)、
これまでも何度か申し上げてきたように、
ここではメディナはメディナとして使っていきます。
当時のメディナはユダヤ教徒とアラブ人が住んでおりましたが、
アラブ人同士での争いが絶えなかったようで、
マホメットが招聘された裏には、
そのような混乱した状況のメディナのアラブ人社会の仲裁者としての役割も
どうやら期待されていたようです。
メディナだけでなく、当時のアラビア半島のアラブ人社会は
多くの部族に分かれて争いが絶えなかったようですから、
そういう意味からも、「アラーのみを信仰しろ」との一神教のイスラムの教えは
自分たちをまとめ上げてくれる有難い教え、
という意識がアラブ人の間で働いたのかもしれません。
現在では過激派の印象ばかりが強いイスラム教ですが、
実際にその後の歴史的展開を見るにつけ、
やはり、本質的に人々をまとめ上げる何かがあるようです。
ま、それプラス、
「剣か、税金か?」の選択肢も抜け目なく用意してあったわけですが・・・。
メディナの北方にあるウフド山。
ここでマホメット率いるイスラム教徒の軍隊と、
メッカから進軍してきた部隊とが衝突し、激戦となりました。
VOYAGE 世界見聞録さまより
https://media.eurasia.co.jp/middle-east/medina
特に規制の指示が見当たりませんでしたので、
サイトをご紹介して写真をお借りしました。感謝!
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