ザポリージャ原発の屋根に爆薬を仕掛けた?
そんなんじゃ原発そのものを吹き飛ばすことは不可能であろう!
と考えたセンセでしたが、
あ、なーるほど、屋根に穴開けてウクライナのせいにするということね!
さすがロシアが思いつくような穴だらけのザル戦略であるなあ~、
と、誠に不謹慎の極みではありますが、感心しきりのセンセです www。
さて、
紀元前 13 世紀のエジプトの石碑に記された「イスラエル」という文字が
イスラエル民族存在の最古の証拠として確実視されています。
また、さらに古く紀元前 14 世紀のエジプトの文書中で
「アピル、ハピル、ハビル」などと表された人々が
カナンの地、すなわち現在のパレスチナ方面に侵入し、
略奪などの無法行為を働いていた、と記されているとのことです。
この「アピル~ハビル」という言葉と、
「ヘブル、ヘブライ」との関係が指摘されています。
いずれにせよ、旧約聖書を読んでも、
アブラハムは神の啓示に従ってカナンに移住したり、
凶作のためにエジプトに行ったと思ったら再びカナンに戻るなど、
確かに彼らは当初から「流浪の民」、「ヘブラう民」であったようです。
で、アブラハムの息子がイサク、その息子がヤコブ、その息子がヨセフですが、
ヨセフの時代になると、彼らは一族郎党あげて再びエジプトに移住します。
イスラエル人においては、これらアブラハム、イサク、ヤコブの三代が
イスラエル民族の直接の祖先であると考えられているようですが、
これはヤハウェの名において三つの部族が合流したことを意味するものである、
との見方もあるようです。
同意します。
で、モーゼによる有名な出エジプトを経たのち、紀元前 12 世紀ころから、
イスラエルの民はカナンの地に向けて武力侵攻を行います。
カナンの地には土着のカナン人の他にも
「今月のウクライナ-34」でお話した「海の民」の連中であるペリシテ人に加え、
周りの土地にはその他大勢の連中が住んでいたわけですが、
イスラエルの民は士師(しし、あるいは「さばきづかさ」)
と呼ばれる指導者のもとで彼らと戦い、
紀元前 10~11 世紀ころ、ユダヤ部族出身のダビデ王のもとに
統一王朝であるイスラエル王国を打ち立てることに成功します。
士師の一人に、あの有名なサムソンが居ます。
ロバのあごの骨をふるってペリシテ人1000人を打ち殺したヒュンダイ、
じゃなくってサムソンです。 ウイキより
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