今月の微生物

先月の後半には夏日まで到来した地域もあった日本列島ですが、
この一週間は打って変わって真冬の日々。
おかげさまで、ン十年ぶりに風邪をひき、
木曜~金曜、研究所をお休みしてしまいました。
鼻水~熱~咳の三拍子揃った普通感冒です。
何とか本日はある程度持ち直し、ブログを書いてます。
まだ少しクラクラしますが・・・。
で、大豆麹乳酸菌発酵液のおかげで普段は元気いっぱいのセンセですが、
坂城に来て以来、感染症で七転八倒したことが 3 回あります。
本日はそのお話をします。

1回目の七転八倒
坂城に来て研究所の 2 階に住み込みで働きだしたセンセですが、
当初は真面目に朝昼晩と自炊しておりました。
で、お昼用としてカレーを作りますが、
玉ねぎをみじん切りにしてわざわざ購入した中華鍋で炒め、
鶏肉も炒めた後にこれもわざわざ購入した寸胴鍋に入れ、
地元 S&B のカレー粉に加えて
ガラムマサラやら丁字やらナツメグやらの各種香辛料を加え、
長時間ぐつぐつ煮込んだ本格的なヤツです。
で、毎日これを作るのは面倒なので、
大きな寸胴で作ったものを冷蔵庫で保管し、
昼ごとによそって食べる、
ということをしておりました。
で、作って 2~3 日後には熟成しているような気がして美味しい、
などと勝手に感じてましたが、
4~5 日もすると酸っぱくなりだした・・・。
で、本人は一端(いっぱし)の乳酸菌学者だと思っているので
「ははあ、これは乳酸菌発酵によるものだな、むしろ体に良いに違いない」
などと勝手に考えて気にせずにパクパク食べておりました。
で、その晩は腹痛でベッドの上でのたうち回るという羽目に・・・。

恐らく、Clostridium perfringens
いわゆるウエルシュ菌が繁殖したためだと思われます。
ウエルシュ菌は耐熱性の芽胞(がほう)を産生する嫌気性菌の一種で、
しばしば食中毒の原因菌ともなります。
特にセンセがやっちまったような
「カレーの作り置き」のようなケースで発生が見られます。
加熱するのでほとんどの菌は死にますが、
芽胞は耐熱性なので生き残ります。
そういう状態では芽胞の数は少ないので食べても全く問題はありませんが、
冷えたカレーを再加熱する際に芽胞が目覚め、繁殖し始めます。
再加熱したカレーを冷蔵庫に放置する際には
再度繁殖に適正な温度帯を通過することとなりますので、
再加熱~冷却を繰り返すことで芽胞がどんどん増えていきます。
ウエルシュ菌はタンパク分解菌ですので
繁殖するとアルカリに傾く傾向にあると思いますが、
同時に乳糖やマンニトールなどの糖を分解して酸を産生しますので、
センセのカレーが酸っぱくなったのは、
カレー中のタンパクよりも糖の分解が勝った結果なのかも知れません。
この点、よく分かりません。
単に加熱が不十分だったので、
Weissella 属の耐熱性乳酸菌などが生き残って
繁殖した結果なのかもしれません。
いずれにしましても、
何事においても身をもって試してみないと気が済まない、
細菌学者であるセンセの面目躍如たる第 1 回目の七転八倒でありました。


2 回目の七転八倒
若いころのセンセはよせばいいのに何かと投資話に乗るクセがあり、
昔の NHK の特番で、
東北のとある業者が開発した「水槽のブクブク発生装置」を用いて金魚を飼うと
金魚がクジラのごとく巨大化する、という番組を見た。
で、番組では普通の金魚、ワキンだかリュウキンだか覚えてませんが、
が、30 × 60 cm 水槽いっぱいに身動きも取れないほどに大きくなった姿が
映し出されておりました。
もちろんクジラには及びませんが・・・。
金魚も池などで長く飼っていると結構大きくなるのは
経験的に分かっておりましたが、
番組によれば、極めて短期間で巨大化するということで、
そのメカニズムとしては、
ブクブク機械の秘密の仕掛けにより水分子が電離して酸素分子が発生する、
この酸素分子はプラスの電荷を保持しており、
マイナスの電荷を保持して体の酸化の原因となる活性酸素とは異なる、
これを体内に取り込むことにより金魚の代謝系が活性化し、
魚の活動量が増加する、
その結果、餌の食い込みが増して体重増加につながり、体も大きくなる、
とのことでした。
で、あのアップルも当初はガレージを利用して初代パソコンを作り上げたとか
そういう話が大好きなセンセは、
何しろ天下の「NHK の 9 時の特番」ということもあり、
これは買いだ!と思って懇意の証券会社を通して手配してもらい、
少なからずの株式を購入した。未上場です!当然。
会社は「上場する!」と宣言しており、
上場前の株を密かに買ったセンセは上場と同時に大金持ちだ!
何しろ天下の「NHK の 9 時の特番」の保証付きだ!
矢でも鉄砲でも持って来~い!

で、発生するブクブクには殺菌~殺ウイルス効果もあるらしく、
これを用いて陸上に設けたプールで色々な魚の養殖にも応用しているらしい。
で、ほどなくして株主優待の一環でしょうが
ブクブクで養殖した生ガキをたくさん送ってきた。
で、やれ嬉しやとばかりに早速に封を開け、
ササッと水道水で洗ってポン酢で食べた。
美味しかった。
で、布団に入ってしばらくすると、どうもおなかの調子がおかしい、
と思う間もなく、布団の上で七転八倒の苦しむ羽目に・・・。
ノロウイルスであろう・・・。

3 回目の七転八倒
ノロウイルスの抑止効果はなかったブクブク装置ですが、
会社は、人間用のブクブク装置を開発した。
めげないセンセ、これを一台購入して、お風呂で使い始めた。
会社の広告によれば、
温泉などでしばしば発生するレジオネラ菌汚染を防止する効果もあり、
これを設置した温泉施設では大変好評とのこと。

レジオネラ菌は在郷軍人病の原因菌であり、
Legionella pneumophila が学名です。
レジオネラは「連隊の菌」というくらいの意味で、
ニューモフィラは「肺炎を引き起こしがち」というくらいの意味です。
因みに、アイビー系のネクタイの一つであるレジメンタル・タイは、
昔の英国(スコットランド?)の軍隊において、
各連隊を一見して区別するために、
連隊ごとに決まった模様のネクタイを割り充てられたことから
派生したものです。
で、在郷軍人病の名の由来は、
1976 年の米国で執り行われた在郷軍人の会で、
当時、会場で使われていた空調設備で繁殖していた菌が
空調を通して会場に蔓延し、
多くがおじいちゃんであった在郷軍人の方々に感染して
184 名が肺炎を発症し、
うち 29 名が死亡するという大惨事を引き起こしたことから
名付けられた病名です。
原因菌を追及した結果、とあるグラム陰性桿菌が分離され、
「在郷軍人に肺炎を引き起こした細菌」ということで
Legionella pneumophila と正式に命名された、ということらしいです。

で、ブクブクに戻りますが、レジオネラ菌発生防止効果だけでなく、
ブクブクが体表面を刺激し、皮膚の新陳代謝を促し、
湯気と共に体内に吸収される活性化酸素(活性酸素ではありませぬ)が
代謝系を活性化する結果、金魚と同じように、活力が発生する、
との会社の説明です。
で、普段はシャワー一辺倒で
浴槽にお湯を溜めて浸かるのは真冬の一時期しかないセンセですが、
よしよし今日は人間用ブクブクの真価をしっかりと試してやろうじゃないか、
とばかりに
1 年振りに浴槽にお湯を溜めた。
アパートの風呂はスイッチ一つで自動的にお湯を満たしてくれるので、
ブクブク装置を浴槽の底に配置し、その後にお風呂のスイッチを押した。
ゴゴゴゴゴと音がして、お湯がお風呂の給湯器から流れてきた。
一年ぶりということで、ナンカ、黒いゴミみたいなものも一緒に流れてきたが、
細かいことにはこだわらないセンセ、
気にせずにそのままお湯を貼り、
次にブクブク装置のスイッチを入れると、たくさんの泡が発生してきた。
で、期待を込めて浴槽に浸かり、
極楽極楽とか言いながら深呼吸して、
体に良いとパンフで謳われている活性化酸素(活性酸素ではありませぬ)を
肺の奥まで吸い込んだ。
どこかで嗅いだような甘い臭いがする。
あ、これは殺菌灯を点けたときに発生する臭いだ、オゾンだな!※
とすぐに分かった。
※大量のオゾンは体に害があります。
で、体もポカポカしたので風呂から上がって夕食を食べて TV なんぞを見て
時間通りに布団に入った。
で、ほどなく、まさにほどなく、
体の内部から急激な「何か」が発生~拡散してくるのが分かった。
「なんじゃ、こりゃ?」
と思う間もなく心臓がバクバクし始めた。
体温が急上昇しているのだ!
で、たちまち頭が朦朧としてきてウンウンうなされ始めた。

この時は三日三晩七転八倒の日々を送った。

三日の間、仕事ができなかったのは当たり前であるが、
体に鞭打って這いつくばりながらも何とか生活だけはした。
で、幸運にも四日目には回復し、仕事に復帰できた。
で、普通の風邪は言うまでもなく、
インフルエンザ感染の経験もあるセンセでしたが、
今回の転帰~症状は両者とはいくつかの点で異なり、
入浴の数時間後に急激な発熱症状にいきなり襲われたことなどから、
1 年間使用していなかった浴槽の給湯器内に残っていた水の中で
何らかの病原菌が発生~繁殖したが、
これを洗浄することなく浴槽に湯を満たした結果、
菌によって満たされた湯舟に身を浸けることとなった。
これに加え、菌はブクブクによって泡と共に浴槽から大気中に拡散し、
これを「体に良い」と勘違いしたオトコが何度も深呼吸した結果
肺の奥まで容易に浸透~拡散することとなった。
冷たくて暗い給湯器の中で蠢く(うごめく)アメーバの体内で
1 年間ガマンして過ごしてきた菌は、
37 ℃という願ってもない好条件下にいきなり置かれる形となり、
♪ ワ~イとばかりに急激に仲間を増やし始めた。
加えて、レジオネラ菌の潜伏期間は
通常は 2 日から 10 日くらいと言われているが、
センセのバヤイは数時間後には急激な症状に見舞われたことから、
よっぽど大量の菌を一気に吸い込んだらしい。
常時、肺の奥に駐留する肺胞マクロファージが緊急に対応し、
増殖し始めた菌を手あたり次第に貪食し始めたが、
何しろ「体に良い」と思って一生懸命に深呼吸したおかげで敵の数が多い!
加えてレジオネラ菌にはマクロファージ内で生き延びる能力もある!
これではイカン!と考えたマクロファージは、急遽、
TNF-α のような炎症性サイトカインを産生して
緊急事態が発生したことを体全体に発信した結果、
急激な体温の上昇として体が速やかに反応した、
ということだと思います。
で、非常に激しい反応でしたが、三日で収まったところをみると、
いわゆる自然免疫系による反応だけで終息した、
特異抗体の産生を含む獲得免疫系の発動には至らなかった、
ということなのでしょう。
普段から飲んでいる大豆麹乳酸菌培養液のおかげかも知れませぬ。※
※今年の夏までには、大豆麴乳酸菌発酵液の自然免疫賦活効果
論文として発表する予定です。
但し、残念ながら、
ここで述べたセンセの人体実験の結果ではありませぬ・・・。

で、以上の顛末を考えると、
この時に感染した菌がレジオネラ菌であるのはほぼ間違いなく、
温泉施設のみならず、家庭の浴槽に付随している給湯器でも
長期の未使用後に使う段においては、
沸かして廃棄を数回繰り返したのちに使用することが鉄則だと思います。
これをやらずにそのまま湯舟に満たし、
さらにはブクブクの泡と共に立ち上る湯の煙を体に良いと勘違いして
スーハスーハ胸の奥まで深呼吸して吸い込むなんぞは
神をも恐れぬ愚かな所業だと言わざるを得ませぬ!

センセは敬虔なる無神教の信徒ですが・・・。

また、件(くだん)の会社のブクブク発生装置は、
センセの身を挺しての実験結果から、
少なくともノロウイルスとレジオネラ菌には効果が無い!
との結論に達しました。

で、このブクブク会社ですが、その後の東北を襲った大地震の被害を被り、
以降は消息不明です。
センセが投資したン~~~万円も、
ブクブクの泡と共に霧の彼方へ雲散霧消になり終わり果てぬ・・・。

しかしながら七転八倒ならぬ七転び八起き、
センセの場合は十転び五起きくらいのアベレージですが、
こういう痛い目に会った過去の経験が経験知となり、
その後に生かされる、
あるいは生かされて欲しい、
ということですので、
少なくとも若いうちは
過剰に過ぎるほどのチャレンジ精神旺盛のオトコが買い!
ということだと思います。
オンナの方も同じだと思いますが・・・。

で、以上、坂城に来てから 3 回も七転八倒を繰り返したセンセでしたが、
いずれのケースも病院に行かず、
ましてや救急車も呼ばず、
ひたすら自らの体調の推移を観察し続けたという、
ナカナカ見られない奇特なオトコだと我ながら思いますが、
事実は単に 119 に電話するのがめんどくさかっただけですが、
まず間違いなく、
家族を支える立場におありの多くの善男善女の方々は、
ブクブクへの投資を含め、
あまりマネはされない方が宜しかろう、とは、つくづく思います・・・。