なでしこノルウエーを粉砕!8 強進出!
サッカーに素人のセンセでも、
彼女たちの動きは相手方よりも滑らかに見える。
ナンカ、面白いようにパスがつながる。
流れが美しい、と感じました。
でも、次の相手はスウエーデン vs アメリカのどちらか・・・。
次回もがんばっちくり~~~!
さて、ローマがユダヤ人に手を焼いている頃、
ナザレだかベツレヘムだかどちらか、どうでもいいけど、の町に、
イエスと言う名の赤ちゃんが生まれました。
正しくは、生まれた後に、
イエスと言う名が付けられることとなる赤ん坊が生まれました。
どうでもいいことにこだわるセンセです。
イエスという名前はヘブライ語ではヨシュアというらしく、
「ヤハウエは救いである」という意味を持つそうで、
当時のユダヤ人の男の子の名前としてはありふれたものであったそうです。
以上ウイキより。
キリストと言うのはギリシャ語で救世主、すなわち飯屋、
じゃなくってメシアを意味する言葉です。
絵に描いたようなイエスの像 ウイキより
絵に描いてますけど・・・。
で、当時の記録などからも、
彼が実在した人物であったのは確実視されています。
イエスが当時、実際に存在していたのであれば、
彼が「人間」であったのは確実です。
人間であったのであれば、
単為生殖によってマリア様から生まれたのではないことは確実ですし、
また、死後、生き返ったはずがないことも確実です。
確実さの程度は 100% !と言い切って間違いありません。保障します。
また、生前の言動を見る限り、
彼が自分のことを「我こそはキリスト教の開祖であるぞよ!」、
などと公言した形跡はありませんし、
その教えの本質からそのようなことを自分で言うはずもないので、
キリスト教という宗教は、彼の死後、
取り巻き連中によって作り上げられたものであることも確実です。
イエスの教えはユダヤ教本流からは異端として見られていたわけですが、
イエス本人はヤハウェを唯一神として信仰していたのは明らかです。
で、ユダヤ教はヤハウェ神以外の神様を認めない宗教ですので、
イエスの取り巻き連が彼を「神の子」と規定した途端、
キリスト教は、イエスの教え=異端から、
異なる神を崇める宗教=異教へと格上げされたのは合理的だと思います。
で、
同じヤハウェの神を信じるイエスはなぜユダヤ教本流から異端視された?
ということですが、そもそも論として、
ユダヤ教は民族宗教として発生~進化した側面が非常に強い一方で、
「個人の魂の救済」とかには全く無頓着。
イスラム教と同じく、
「孤児や寡婦などの弱者には優しくせよ」とかの教えはあったようですが、
ユダヤ人としての結束を重要視する面が強く、
特に神殿派(サドカイ派)などがそうであったと思うのですけど、
どんどん国家宗教化し、
儀式と戒律の維持それ自体が目的化していったのではなかろうか?
などと思ってます。
当然そこには「利権」なども生じたことでありませう。
で、大規模な神殿などで厳かに(想像ですけど)
牛や羊をヤハウェの神に生贄として捧げるなどの儀式を繰り返しますが、
これに関与する連中は肥え太る一方で、
一般民衆は貧困の中に困窮するという、
宗教改革者が登場するのには打ってつけの条件が整ってきたのだ、
と考えてます。
日本の平安時代の仏教とその後の鎌倉の改革仏教との関係とか、
あるいはマルチン・ルターの宗教改革など、似たような現象だと思います。
従いまして、イエスは、基本的には社会正義の実現を目指していた、
けれどもそれをマホメットのように
宗教改革のみならず、
政治的~軍事的な方法を用いて成し遂げるのではなく、
ヤハウエの教えを自分なりに徹底して追及した結果、
「神の、みこころ=良心にあり!」と喝破~結論し、
それを非武装的~自己犠牲的な方法=すなわち良心的な方法、
で広めていったヒト、
というのがセンセの妄想による結論です。
ガンジーはヒンズー教徒でしたが、
考え方や方法はイエスに似ていると思います。
マハトマ・ガンジー ウイキより
糸車で綿糸を紡いでいるところ。
糸車の中にネズミはいません。
有名なワンシーンです。
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