暑いですね。
そろそろ坂城も梅雨の終わりを迎える頃です。
若いころは梅雨の終わり=いよいよ真夏だ!と、ウキウキしたものですが、
最近は真逆・・・。
でも昨日はゴルフ練習場で五箱も打ってきました!
おかげで本日は疲れてブログを書いてます・・・。
それにしてもザポリージャ原発はどうなったんでしょうかね?
結局吹き飛ばすのは止めにした?
プリタコ氏もその後、消息不明。
前線もどちらが勝っているのか負けているのか錯綜してますし、
ロシア軍上層部も解任~消息不明が相次ぐなど、何かと混沌とした状況です。
さて、混沌と言えばユダヤ人の国も同様で、
紀元前 63 年、ローマ軍がシリアに進出してセレウコス朝を滅ぼした結果
ユダヤの地はローマの属州となり、その後、
エドム人のヘロデというゴマすりオトコがローマに取り入って
ハスモン朝最後の王を殺害し、自らがユダヤの王となります。
紀元前 37 年の頃です。
これをヘロデ朝と呼びますが、程なく自壊し、紀元前後には、
この地はローマによる直接支配下に置かれることとなります。
このような混沌とした時代に
イエス・キリストがベツレヘムで単為生殖により生まれます。
将に奇跡としか言いようがありませんね!!!
おかげで熱烈なキリスト教信者の中には進化論を否定する連中もおりますし、
輸血を拒否する連中もおりますし、
最近では、LGBT 教という新興宗教の教えに従い、
「Y 染色体と X 染色体によってヒトの性別が決まる」
という性決定の法則を否定する連中も出てきました WWWWW !!!
やっぱ凄いですね、宗教は!
信じた者が勝ち、の世界です。
で、話は戻り、ユダヤ人はローマ総督により統治されるようになりますが、
ユダヤ人社会に対して無理解な統治を行った結果、ユダヤ人は激おこプンプン!
多くの宗派に分かれて仲たがいも激しかったユダヤ人でしたが、
この時ばかりは対ローマという点で協調し、
西暦 66 年、一回目の反乱を起こします。
ネロ皇帝の時代です。
ユダヤ軍、ナカナカ奮戦しますが、ネロ皇帝自殺後の西暦 70 年、
エルサレムは陥落し、神殿も破壊されてしまいます。
ユダヤ反乱軍はマサダ砦という断崖絶壁に作られた要塞にたてこもり
最後まで頑強に抵抗しますが、
ローマ軍は 3 年もかけてえっちらおっちらと絶壁を埋めてしまい、
負けを悟ったユダヤ反乱軍、最後は全員自害してしまいます・・・。
しかしながら超しつこいので有名なユダヤ人、
西暦 132 年にはバル・コクバ(星の子、というあだ名)というオトコが
「我こそは飯屋、じゃないメシア、救世主である!」と宣言し、
これに同調したユダヤ人は再び大反乱を引き起こして、
一旦はローマから独立を果たします。
これをバル・コクバの乱、あるいは第二次ユダヤ戦争と言います。
ハドリアヌス皇帝の時代です。
ユダヤ人の意気高く、各地でローマ軍を打ち破るなど善戦しますが、
結局はローマ軍が打ち勝ち、エルサレムも占領されてしまいます。
数度にわたるユダヤ人の反乱に手を焼いたハドリアヌス帝は
ユダヤ人の痕跡をこの地から徹底的に排除しようと考え、
ユダヤ教の禁止は当然のこと、多くの宗教~政治指導者は処刑され、
エルサレムへのユダヤ人の立ち入りも禁止!
エルサレムの名前も変えられ、
イスラエルの地名も、
ユダヤ人の不倶戴天の敵であるペリシテ人に因んでパレスチナに変えるなど、
数多くの民族弾圧政策を強行!
多くのユダヤ人は戦争捕虜としてローマに連行され、
残ったユダヤ人も各地に落ち延びていきます。
いわゆるディアスポラ、民族離散の始まりです。
エルサレム包囲戦 ウイキより
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