さて、アケメネス朝ペルシャの寛大なる処置により
エルサレムに帰還することができたユダヤ人ですが、
ペルシャの支配下という条件付きではあるものの、
彼ら自身の自治国家を建設することが認められることとなりました。
その後、この地はアレキサンダー大王~プトレマイオス朝を経て
セレウコス朝の支配下に置かれることとなりますが、
初期のギリシャ支配下においては、
ユダヤ人の宗教と自治権は比較的自由に認められていたようです。
しかしながら、セレウコス朝の時代にはギリシャ色を強要されて反感が強まり、
両者の間で何かと紛争が続きますが、紀元前 142 年、
軍事的指導者にしてユダヤ教の大祭司でもあるシモンと言うオトコにより
セレウコス朝からの独立に成功します。
久しぶりの、ユダヤ人自身による独立国家の成立です。
シモンはハスモン家に属する人間で、
以降、ハスモン家の世襲による統治が行われたので
この時の国家をハスモン朝と呼びます。
ハスモン朝は武力的な領土の拡大にも成功するなど
ナカナカ目覚ましい面もありますが、
そもそも論としてユダヤ教の教義において世襲による統治などとんでもない!
という一派もおり、また、
ハスモン家自体が祭司(ラビ)につながる家ではなかった関係から
これに対する反感もあり、
さらには世襲にからむハスモン家内での争いもありで、
ご多分に漏れず、早速にゴタゴタしてまいります。
ユダヤ教が国家宗教化してくるこの頃になると宗派争いも発生し、
特にサドカイ派とファリサイ派と呼ばれる二派が激しく争う形となります。
サドカイ派は
「神殿に拠って権力者たちと結託していた祭司のグループ(ウイキより)」
ということで、
ファリサイ派は
「祭司を中心においた、律法の解釈を学ぶというユダヤ教(ウイキより)」
とのことです。
ファリサイ派は、新約聖書での「パリサイびと」のことです。
程なく登場するイエス・キリストは両者に対して批判的でしたが、
特にサドカイ派に対しては激しく糾弾しています。
サドカイ派はローマによるエルサレムの破壊によって滅亡してしまいますので、
現代の我々が知っているユダヤ教というものは
このファリサイ派に由来するものであることは確実です。
個人的な想像ですが、たぶん、
サドカイ派的体系は始原の教えが国家宗教的になってくると必ず生じる現象で、
これに対して「原点に戻れ!」的な反動運動がまた必ず発生し、
これがファリサイ派的な人々として現れた、ということなんじゃないかなあ~、
と思ってます。
日本の仏教でも欧州のキリスト教でもイスラム教でもどこでも何でも、
必ず同じことが繰り返されますね!
それにしても、
大神殿で荘厳に執り行われる国家宗教としてのユダヤ教って、
イメージできますか?
エルサレムの「第二神殿」を再現した模型 在イスラエル博物館 ウイキより
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