今月のウクライナ-33

紀元前およそ 1600 年くらい前になりますと、
原印欧語族の第二派が黒海北岸から南下して参ります。
一派はバルカンを伝って現在のギリシャに至り、ミケーネ文明を築き上げます。
他の一派はコーカサス山脈東岸を渡り(別の説あり)、
前回お話したフリル人の王国、ミタンニで雇われ兵士となります。
さらに他の一派はインド方面に向かい、
例のインダス文明の地に侵入して行きます。

原印欧語族 第二派の拡散.jpgこの時代の中東~インドの状況


この時代より少し前まではインド語とイラン語はほとんど同じだったようで、
これを原インド・イラン語と、とりあえず呼んでおきます。
で、原インド・イラン語を話す連中は中央アジアに拡散していったようですが、
その後、インド語系の連中とイラン語系の連中とに分かれたようです。
で、連中は自分たちのことをアーリア人とか呼んでおりました。
アーリアとは「高貴なヒト」を意味する言葉でして、
大体昔の連中は、どんなジャングルの奥地に住んでる少数部族でも、大概、
自分たちこそ世界の中心民族であり他の連中はサルも同然!
と思っておりましたので、
彼らがアーリアと自称したところであ~りあそうですか、実はうちもですよ!
と請け負っておれば良いだけでして、
それを本気になって信じてしまうと
本家本元のアーリア系であるジプシー(ロマ)を
アーリア政策のもとに収容所に送ったヒトラーのようになるだけでして、
ま、人間、ホントに実力があるなら謙虚であるべき、
というのがヨロシイかと・・・。

で、この古いインド語を話す連中ですが、
その一派がミタンニ王国の傭兵となり、
さらにはミタンニの支配階級にまで上り詰めます。
自称「マリアンヌ」という可愛らしい名称の連中だったのですが、
マリアンヌというのは「戦士~勇者」という意味らしいです。

よッ!マリアンヌ!

このミタンニ王国は前回お話したヒッタイト帝国の東にあった国で、
元々の支配者はフリル人という連中でした。
彼らはセム系でもなさそうで、要するに所属先不明の民族です。
それはともかく、彼らマリアンヌは馬と戦車の専門家集団であり、
これを駆使して一躍支配階級にまで上り詰め、
同じく馬と戦車を駆使したヒッタイトの連中と干戈を交えたのでした。

で、さらに興味深い点は、このマリアンヌの連中は、先に述べたように
同時代にインダスに侵入して行ったインド系アーリア人そのものだったらしく、
同じ言語を話していただけでなく、同じ神々を崇拝していた、という点です。
残された楔形文字が刻まれた粘土板から、
古代インド語と同じ数詞、同じ神々の名前などが解読されてます。
従いまして、図で示したように、
一派はコーカサス山脈を越えてミタンニ方面に進出し、
他の一派はアフガニスタン方面からインダス流域に進出した可能性と、
元々は黒海北岸から中央アジアに進出したのだけれども、
その後に分岐したイラン系の連中とケンカして南下を始め、
二手に分かれた可能性もあるわけです。

いずれにしましても、
古インド語を話す連中がメソポタミアに存在していたのが興味深いだけでなく、
両者共に馬と戦車を操ることに長けていた点もまた、大変興味深いです。

一方で、原印欧語族の第二派の連中には、
黒海北岸からバルカン半島を南下していった連中がおりました。
彼らは当初はクルガン的文化を維持していたようですが、
その後、アナトリアの先進的な文化に影響され、
ほどなくミケーネ文化を作り上げた、いわゆる古代ギリシャ人となります。