日々のお話 の最近の記事

今月の書評-134

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毎日毎日ブログばかり書いてるので少し飽きてきましたが、まだまだ先は長いので、頑張ります!

スサノオノミコト、乱暴が過ぎて高天原のみんなから憎まれ、ボコボコにされておん出されてしまいます。
で、どういうわけか出雲に行くのですが、併記の一つでは、出雲に行く前に新羅に立ち寄ります。そこもおん出された後に出雲に行く構成になってます。
で、その後に例のヤマタノオロチを退治して古事記ではクシナダヒメ、日本書紀では稲田姫をお嫁さんにしてハッピーエンドとなりますが、古事記ではこの後に、かの有名な「因幡の白兎」のお話が続きます。

で、その内容は誰もが知るところですが、古事記では「素兎」と書いてシロウサギと読ませます。で、しばしば指摘されるところですが、この「シロ」と新羅との間にはナンカ関係があるのではないのか?シロウサギは海の彼方からワニ(フカ~サメ)を騙してぴょんぴょん跳んできたわけだが、これは新羅から難民のようなのが流れ着て、それを大国主命が哀れに思って助けるお話なのでは?
とか・・・。

また、出雲国風土記には「国引き」のお話がありますが、ここでも出雲地方の土地を増やすために新羅国に綱を掛けてみんなでえんやこ~らと引っ張るお話が出てきます。新羅としてはたまったものではないと思いますが・・・。

もちろんこの当時は未だ「新羅国」という国は無いわけで、以前にも指摘したように、たぶん、以前から、倭人は半島の東海岸地方一帯を「しらき」と呼んでいた可能性があります。

改めて地図を見るまでもなく、北九州に至るには半島東南部から対馬~壱岐を通るのが最短ですが、出雲地方では寧ろ半島東海岸地方との間が地理的に近いことから、この地が何かと影響した、それが神話やおとぎ話、伝説として残った、と考えても違和感はありません。
以前にも述べましたが、土器のレプリカ法によれば、列島最古の穀物圧痕が付いた土器片は出雲地方の遺跡から出土しております。この穀物文化も、ことによると、半島東岸地方から伝わったのかもしれません。

いずれにしましても、魏志倭人伝において「列島には多くの国々があるが、蝦夷を除き、それらは全て倭種である」との記述から、大きな括りにおいては半島に由来する倭人は同族ではあったのでしょうが、より小さな出自、例えば氏族とか部族とかの括りでは、いくつかに分かれていたのだと考えてます。

寧ろ、それが自然です

で、このような出自を異にする部族~氏族の間で、状況に応じ、婚姻関係を結ぶなどして、連合~同盟関係を結ぶ必要性が生じたのだと思います。
高天原をおん出されたスサノオノミコトがめでたくクシナダヒメと結婚するお話も、恐らくは、その流れで解釈できるのでは?と思います。

とつたいもん土器の限界-3.jpg
これは「今月の書評-105」に載せた図ですが、ここでは北九州、南九州、出雲の、少なくとも三か所の地域にそれぞれ別の由来の弥生文化=同じ倭種ではあるが、氏族~部族が異なるもの、が伝播した可能性を示してあります。恐らく、もっとあるかと思います。

日本書紀の神武天皇東征のお話の中でナガスネヒコを打つ話がありますが、ナガスネヒコは饒速日命(ニギハヤヒノミコト)に仕えていた地元の豪族です。で、自分の妹をニギハヤヒノミコトに嫁がせて親戚関係となったわけですが、このニギハヤヒノミコトは半島由来の由緒正しい「天つ神」です。
で、神武天皇、これを聞いて一瞬ためらいましたが、結局、ナガスネヒコを斬ってしまいます。同じ天つ神ではあっても、たぶん、別の氏族だったからでしょうか?

この経緯を見ても、天皇家とは出自を異にする半島由来の氏族が、日本各地に三々五々に、渡来~分布していたことが分かります。

上図は、弥生時代において、最も早く水田稲作~穀物作が伝播した地域を表しています。北九州に最初に伝播したのは分かりやすいですが、南九州と出雲地方、共に早期に伝わっています。そして、両者とも、クロボク土の分布と縄文遺跡分布とからも分かるように、弥生文化が到達した当時、既に西日本屈指の強力な縄文勢力を形成しており、その後も縄文の影響力が後々まで残った地域であった、ということです。

実は、ここに、ヤマトの秘密があるのです!!!妄想だけど・・・。




今月の書評-133

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毎日毎日雨また雨・・・。
どこにもお出かけできませぬ・・・。
加えてコロナが「もういいっ!」てくらいに猛威を振るい、踏んだり蹴ったりの夏休みでありますが、みなさまは何をされてます???

センセのバイクも丸一年乗ってないので、走るかどうか、心配です。

と言うわけで、ブログの続きです。
今月の書評-131」で列挙した疑問は全て相互に関連しあってるので、個別に答えるのではなく、総合的に考えていこうと思います。


日本書紀、古事記ともに、初めの方は色んな神様が生まれる話のオンパレードですので省略し、何となく現実っぽい?ところから始めます。例の凄まじいオトコ、スサノオノミコトです。カタカナで統一します。

スサノオノミコトの話の中で、多くのヒトがこれまであまり指摘していない興味深いところが一点あります。それは、スサノオが姉の天照大神とケンカして勝った嬉しさに大暴れする場面ですが、生き馬の皮を剥いで姉が織物を織っている小屋に投げ入れる、という有名なシーンがあります。古事記、あるいはその他の併記によって「暴れ馬を田んぼに追い込んだ」とか、「ブチ模様の馬の皮をはいだ」とかいろいろ細かな違いはあるのですが、全ての併記において「馬」が登場します。

で、列島において確実に馬が存在した証拠は4 世紀を待たねばならず、魏志倭人伝の記述でも、2~3 世紀の倭には牛も馬もいないことが明記されてます。

殷墟からは戦車のくびきに括りつけられて殉葬させられた馬の骨がたくさん発掘されてますので、既に紀元前10 世紀くらいまでには中原で多くの馬が使われていたことは明らかです。
で、馬が半島東南部で使われるようになった時代がいつ頃なのか、色々調べても良く分からないのですが、魏志倭人伝の元本である「三国志」には「倭人伝」だけでなく、三韓、沃沮(よくそ)、濊(わい)、高句麗など、当時の朝鮮半島の多くの国々の事情が事細かに描かれてますので、読むと、これら全ての国々は押しなべて牛馬を利用しています。

で、大陸と地続きの半島末端までは比較的速やかに牛馬の文化が伝播したと考えられますが、列島に伝わるのがずいぶんと遅いような気がします。

やはり暴れる馬を船で運ぶのが大変だったからなのでしょうかね?
分かりませぬ・・・。
半島に最も近いところは北九州なのですから、北九州の連中が早くから馬を輸入していれば、これは大きな軍事力となり、その後の歴史も変わった可能性がありますが、馬が登場するのは、先に述べたように、崇神天皇以降のヤマト政権の勢力が伸長し始めるのが明白となってから漸くの事です。
こういう点を見ても、ナンカ、北九州勢力ってそもそもやる気があるのか?
疑問になります。

で、それはともかく、スサノオノミコトが馬の皮を剥ぐような乱暴狼藉をしたのは未だ馬が居なかったととびちゃんの時代よりもよっぽど昔の出来事ですので、やはり高天原は日本列島にはない!少なくとも東京都葛飾区四つ木ではない!ことは明らかです!!!

また、スサノオノミコトが生き馬の皮を剥いだ、という一つの併記がありますが、獣医師でもあるセンセとしては「これはあり得ない!」と断言せざるを得ません。

どれだけ暴れるのか、想像も出来ませぬ・・・。

で、これは生き馬の皮を剥いだのではなく、「皮を利用するためとはいえ、健康な馬を殺してはなりませぬ!」というような「おきて」が当時存在し、これに背く行為であるので悪い!ということを表したのだと思います。それだけ馬や牛は貴重な存在で、大切に扱われていたことを傍証するものだと思います。

センセは一応、獣医師の免許を持ってます。
でも、臨床はトンとご無沙汰なので、今では犬と猫の区別もつきませぬ・・・。
記憶によれば、確か、毛深い方がイヌ、でしたっけ?

違ったか???

毛深いイヌ.jpg
イヌ、だと思います。 docdog さんより
https://www.docdog.jp/2020/11/magazine-dogs-s-a-3513.html





今月の書評-132

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アメリカ軍が撤退したとたん、アフガニスタン政権はあっという間に崩壊してしまいました!
遠く離れた他国の出来事、我関せず、でしょうかね?日本の方々!
香港の民主化運動にせよ台湾問題にせよ、ここで本質論に立ち返って、よおおっ~~~く考えてくださいよ、みなさん!!!

さて、まずは高天原です。簡単です。朝鮮半島東南部のどこかです。オシマイ。

次行きます。



って、あまりにも簡単すぎる?も少しジタバタひねくってみる?

分かりました。でも、ちょっとだけよ~

まず、人間は天空に住むことはできません。人工衛星でもない限り。
で、この時代、人工衛星はありません。
従いまして、高天原にヒトが住んでいたとすれば、高天原は天空にはありません。オシマイ。

これでOK 牧場?まだ駄目?じゃ、も少しやってみる。

この時代、人間が天空に住めなかったことは分かる。でも、朝鮮半島以外のどこかかもしれないのでは?

答え:以下の候補地は全て可能性が低いです。

1) 南極
2) 北極
3) アマゾン
・・・・・
100) 東京都葛飾区四つ木
・・・・・

もうバカバカしいので止めますが、上記の思考パターンは、実は重要です。
一見バカバカしく思われるかもしれませんが、このように極端に描き出せば、「可能性」を指標としてより正解に近いものに絞っていく思考の道筋が分かると思います。

「車を真っ直ぐ走らせる」ためには、右と左の両極端が必要です。
普段の我々が通る道は右左がハッキリしてるので意識することはありませんが、サハラ砂漠ラリーに参加するヒトなど、意味はよくわかると思います。

「愛はお金では買えないわ💛」とJK が言った。
では100 万円では?1000 万 では?1 億では?・・・・・1000 億円では???
100 人のJK が居たとして、 数人くらいはそれでも意見を変えない可能性はありますが、結構の数のJK が上記の「せり値」のどこかで脱落するかと・・・。

いずれにしましても、「ありえる」、「ありえない」を指標として比較的広範囲にスクリーニングを行うだけで、結構、目標近くまで到達できます。そこからさらに絞り込むのがナカナカ厄介な作業なんですけどね!


で、ずいぶんと回り道をしましたが、どんな民族にも天地開闢(かいびゃく)以来の神話があります。狩猟採集を行っている民族などでは「おらの先祖はオオカミじゃわ!」、「おらのとこはバッファローだで!」なんてのが多いのでしょうが、農耕が始まるとたちまち「太陽神」てのが登場します。分かりやすいですよね!

縄文人の場合はイノシシを祭っておりました。イノシシをご先祖としていたかどうかは、分かりませぬ・・・。

で、ご多分に漏れず、ヤマトの連中もまた、太陽の女神さまを拝し奉り(はいしたてまつり)、高天原という天空にある架空の場所を設定し、彼女の居住地をこれに充当しておりました。で、奈良盆地にヤマト政権ができ、その後の歴史が動いていくのは現実ですから、どこかで神話から現実の話に移行しているはずです。それが天孫降臨の場面で、南九州にヤマトのご先祖一派が移住する場面です。で、ホントに天空から移住するわけありませんから、じゃ、どこが一番可能性が高いかというと、朝鮮半島東南部のどこか、というわけです。

このレベルのお話に時間とエネルギーをかけるのは嫌なんですけど、「東京都葛飾区四つ木だ!」とかいうヒトが居るもんで・・・。← ホントか???



せっかくですので、この流れで、も少し書きます。コロナに絡みます。

コロナが流行りだした頃、マスク着用率が高い日本に向けて、アメリカ大手の新聞が「ウイルス対策としてマスク着用は無意味!」とか主張してました。覚えてる?

現在でも、マスクしないで野外でBBQ とかして騒いで注意したら「マスクがコロナを防ぐ証拠はあるのか?」とか言って反発するHD Horse and Deer連中が居ますが、同類です。

で、マスクとコロナを例にとって、先の「論理の道筋」について解説します。

どんなマスクを着けていてもコロナ感染を100% 防ぐことはできないと思いがちですが、ある種のマスクを着けていれば、少なくとも気道感染は100% 防ぐことができます。
それはどのようなマスクかというと、100% 空気との接触を遮断するタイプのマスクです。このマスクをすれば空気を吸うことができませんので、コロナも100% 気道に侵入することができません。従いまして、このマスクをすれば、100% コロナの気道感染を防ぐことができます。その代わり窒息死するけど・・・。

じゃ、と言うんで、薄いガーゼ一枚でできたマスクをするとします。
この場合はスースー楽に呼吸ができるので、とても快適です。
けれどもコロナもスースー侵入します。

で、この場合のコロナウイルスが気道に侵入する確率ですが、たぶん、100% ではないと思います。99.999・・・・% くらいスースー侵入できると思いますけど、極々わずか、阻止されるウイルス粒子が存在するはずです。

じゃ、ガーゼを二枚にすると、三枚にすると、四枚、五枚・・・恨めしや~~~。

というカンジで、どこかで「呼吸もできる、ある程度コロナの侵入も防げる」枚数を見つけることができます。その場合、コロナ侵入阻止の確率は、もちろん100% ではありません。

で、それで良いのです。
何もマスクでコロナを100% 何としても阻止しなくてはならない、というわけではないのです。それが10% であっても20% であっても30% であっても、「大した苦労もお金もかけずにそれなりに効果が期待できる」のであれば、大いにすれば良い、というお話です。

何もスーパーコンピューターの「富岳」を使ってシミュレーションをするまでもないのです。

上記の、「ガーゼ一枚で99.999・・・%の侵入率(架空の数字ですよ!)から、息が出来ないタイプのマスクの100% 阻止率のどこかで現実的なマスクの存在意義が発生する」というものの考え方、これが大事であるということです。

社説で堂々と「マスク無用論」をぶち上げたアメリカ大手の新聞社ですが、ハーバードだかエールだかの優秀な大学を卒業された方々が書かれたものでしょうが、それでもこのような簡単ではあるが合理的なものの考え方ができない方々も大勢いらっしゃるわけでして・・・。

ましてやマスクしないでBBQ して外で騒ぐ輩は何をかいわんやかと、今更に呆れてそろそろソーメンでも食べようかと考えてるセンセでありました。
 






今月の書評-131

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「古事記、日本書紀の謎に迫る!」
というカンジの表題の本は数多いですが、ホント、謎多き書物ではあります。

で、以下、センセが「???」と感じる謎また謎を列挙してみたいと思います。以下。

● 高天原とは何か。どこかに想定されるのだろうが、それは何処か?
● 神話が最初に来るのは分かりやすいが、何故にその次に出雲が登場するのか?
● 北九州勢力に全く触れていないのは何故なのか?
● 日本書紀が後のヤマト政権の人々が恣意的に自分たちに都合よく作ったお話であるとするならば、さっさと高天原から奈良盆地に降臨すれば良いだけのことだが、何故にわざわざ南九州の高千穂に降り、そこからわざわざ東征して行かなくてはならないのか?
● 神武天皇が東征のために高千穂を出立し、河内にたどり着くまで何故に7 年もかかったのか(古事記では16 年)?

等々。

それでは早速始めませう!

まず初めに、日本書紀~古事記は「ヤマト政権の人々が恣意的に自分たちに都合よく作ったお話ではない!」という点を、別の視点から考えてみたいと思います。

そもそも論として、古事記の序に書かれてあるとおり、天武天皇の御代、詔を発し、「諸家が各個に保存している帝紀や本辞などには相互に色々な異論が書かれている。これではまずいので、これを逐一検討、統一して、後世に残そうぞ!」というのが、記紀編纂の主たる動機であったわけです。
で、諸家とはなんだ?とのことですが、これは天皇家に昔から仕えていた氏族連とか、あるいは分家連とかの家々のことだと思います。
で、ヤマト政権は本家筋にあたる天皇家だけで成しえた政権ではなく、これらの昔から付き従ってきた「お仲間」全員で成しえたものであることは明らかですから、これらのお仲間の間で代々伝わってきた「歴史の口伝書」みたいなものを一方的に無視し、主家の都合で勝手に「これぞ正当の歴史書である!」としたところで、お仲間連~分家連は黙ってはいないことでしょう。

日本書紀を読んでいて気付くことの一つが、当時の天皇は異母弟その他からしょっちゅう命を狙われており、絶対的に強力な独裁者などとは程遠い存在である、との認識です。あの気ままに過ぎる雄略天皇ですら、日本書紀では「悪い天皇である!」との評価が下されてますし、武烈天皇に至っては何をかいわんやかと・・・。

そのような「御行状」まで、ホントであるか否かは別として、委細記しているところを見ても、記紀が単なる「天皇家のためのプロパガンダ本」では無いことは明らかだと思います。

従いまして、記紀中の数多い注釈や異論の併記などからも分かるように、細かな意見の相違はあるとしても、物語の大きな流れとしては、諸家ともに大差は無い、と見なして差し支えないと思います。

要するに、高天原から高千穂に降り、長年かけて奈良盆地に政権を打ち立てたという話の流れは天皇家並びに諸家共に共有する話であり、仮に天皇家が「いや、これではまだるっこしいから、さっさと高天原から奈良盆地に降りたことにしよう!」と言ったところで、「自分たちの苦労話を抹消して主家に都合よく話を作り上げることなどもってのほか!帝はご乱心あそばされた!」とか言って、周りの者どもはみな大反対するのが関の山です。




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