今月の書評-117

| | トラックバック(0)
連休の真っただ中ですが、お天気が今一つ不順で、お出かけしていいものかどうか、迷います。加えて先日からひどい腰痛に悩まされ、起居もままなりませぬ・・・。

で、本日はこんなに良い天気なのに、ブルーなセンセはブログを書いてます・・・。

で、投馬国=出雲について考えていきますが、センセのいつものクセで、搦め手(からめて)からお話していきたいと思います。

風土記にせよ古事記にせよ日本書紀にせよ、読んでいてすぐに気づくことの一つに、とある地名に関していちいち由来を解説する個所が数多く見受けられる点が挙げられます。
これらの書物に関する研究は古来より数多く、それこそ「記記紀研究学学(きききけんきゅうがくがく)」が成り立つのではないのか?というくらいです。
しかしながら、上記の疑問、すなわち「なんでいちいち地名に関して由来を記そうとしているのか?」という点に関して疑問を抱いて解説している研究書って、見たことがありませぬ。センセが知らないだけなのかも知れませんが・・・。

記記紀での地名の由来解説を見てみると、合理的かつ妥当なものもありますが、「なんじゃ、そりゃ?」と言いたくなるレベルのものが相当数あります。

基本的には、人間の好奇心~因果律を求める生得的な心情が地名の由来を求める動機の根本にあるのは明白ですが、記記紀において頻繁に地名の由来の記述が出てくるということは、少なくとも記記紀が記されたその当時にはそれらの地名が存在していたと同時に、「何らかの説明を加えなくてはナカナカ理解できない名前であったから」、ということができるかと思います。

どゆことかというと、現代人にとって、「東京」という地名がどのような過程を経て決まったか、歴史書を紐解くまでもなく、小学校も高学年レベルであれば、すぐに分かると思います。さらには「自由が丘」とか「夕日が丘」とか。

あるいはもっとすごいのになると「南セントレア市」なんてものまであります。
幸か不幸か、あるいは幸か幸か、さすがにこれはお流れとなったようでありますが・・・。

いずれにしましても、こういう例に関しては、いちいち由来を説明する必要はない、と思います。

もすこし難度の高いものとしては、「銀座」、「国分寺」、「吉祥寺」、「新宿」なんてのが挙げられるかもしれません。中学生レベルですかね?
どうにも東京~関東の例が多くて恐縮ですが・・・。

これらは漢字の音(おん)読みの地名です。
すなわち、大陸からの書籍文化が流入~根付いた後に付いた地名であるのが明らかです。これらは取り合えず由来を説明できますし、その説明が妥当である確率は非常に高いと思います。

で、この調子でどんどん行きますと、日本の地名の多くが漢字の訓(くん)読みで作られ、しかも意味としても妥当なものが多いことに気づきます。
東京の例を挙げると、「荒川=暴れ川に面した地区」、「杉並=杉の並木があるところ」、「墨田=墨のように黒い田んぼがあったところ」等々。

で、まことに馴染みの名前であるが、今一つピンとこない地名として、「足立」、「葛飾」、「多摩」、「練馬」等々・・・。

これらのピンとこない地名に関しても取り合えず漢字が充てられているために、それを手掛かりとしてナントか由来をこじつけることはできますが、果たしてそれが妥当なものなのか、確信は得られないと思われます。

例えば「足立」の場合、「葦(あし)+立ち」などがより妥当である気がします。
東京の足立区は、本来、荒川流域の低湿地帯に位置するため、住宅地が無ければ葦が一面に生い茂るはずの場所です。
葦という漢字、「あし」とも「よし」とも呼びますが、もちろん「あし」の方が古くかつ正当な名前です。知らないお方はググってくだされ!

「練馬」に関しては、台地上でもあり、「馬の訓練場」という解釈で結構通じるかと・・・。

菅生沼-1.jpg
茨城~埼玉~千葉の県境の利根川流域にある菅生沼(すげおいぬま)
関東沖積地帯の原風景です。太古の足立区を彷彿とさせます。昔、よく釣りに行きました!
http://masaharus-eye.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/20090628-e7f4.html より。 
奇しくもセンセとお名前が同じ!


「葛飾」や「多摩」となると、ハードルがより高くなります。

いずれにしましても、これらのハードルの高い地名には、こじつけが必要となってきます。どうしても「意味」を知りたいとするならば、という前提付きで!

で、どう頭をひねっても分からぬものも多々あります。関東で言えば、「武蔵」、「富士山」、箱根の「強羅(ごうら)」等々。

もちろん、ネットを開けば色んな説が載ってます。けれども、いずれも、どうあがいても「決定的」であるとは思えませぬ・・・。


特に「富士山」!


日本を代表する霊峰であるにもかかわらず、多くの異名の漢字オプションがあること自体、怪しいです。加えてそのほとんどが音読みです!
「富士山」の漢字は取り合えず置いといて、代表的には「不二山」と書いて「二つとない山」という意味である、というのが常識的なプロトタイプの解釈ですが、そうなりますと、仏教やらその他、大陸書籍文化が流入後に偉いお坊様あたりが名付けた可能性が考えられます。

が、「そんなわけないジャン!」と、みんな思いますよね?

平安時代、あの、かぐや姫で有名な「竹取物語」では、多くの兵士が不死の薬を持参して富士山山頂まで登ったので、「兵む山=富士山」と名付けた、とのことですwww。この場合、「不死の薬の山=不死山」でもいいような気がしますがwww。

で、仮に、仮にですよ、その話がホントだとしたら、富士山は平安時代前の関東においては人々はその山を富士山と呼んではいなかったことを意味すると同時に、帝(みかど)の鶴の一声以降は、関東の住人は押しなべて従来の呼称を完全に捨て、一律に富士山と呼ぶようになり、従来の名称は、文献的にも伝承的にも完璧に消滅した、という展開となりますが、そんなわけないジャン!」!!!

富士山-2.jpg
フリー素材より。いつも美しいふじのやま!怪しいあやしいふじのやま!

以降、まだまだ続きます!








トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 今月の書評-117

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.kigen-technosakaki.jp/mt/mt-tb.cgi/310

この記事について

このページは、喜源テクノさかき研究室が2021年5月 3日 09:40に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「今月の書評-116」です。

次の記事は「今月の書評-118」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。