今月の書評-103

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みなさま明けましておめでとうございます。
寒さもコロナも本当に厳しきなかではありますが、
皆様におかれましては、
いかがひっそりと引きこもられておられられるるる・・・ことでしょうか?

センセも昨年28日に研究室の大掃除を済ませて正月休みに入りましたが、一週間引きこもっても大丈夫なようにたくさんの食料とアルコール飲料と本を購入し、ほとんど一歩も外に出ずにひたすら知識の更新に努めておりました。

もちろん、体がなまらないように、定期的な運動は欠かしませぬ。

で、購入した本は、以下の通り。

古事記
日本書紀 1~5
万葉集 1~5
風土記

風土記を除いて全て「岩波文庫」です。安いから。
それでも総額 2 万円くらいかかりましたけど・・・。

でも、読み始めて分かったのは、
「岩波文庫は字が小さくて読みづらい!」という、
身も蓋もない事実でありました・・・。
中学生の頃は何の不自由もなく読めておりましたが、
なんで読みづらくなったのでしょうね?

岩波が意地悪して活字を小さくしたのでしょうか?

不思議です・・・。

ま、ともかくも、これらの物語は、それこそ小学生の頃から、
ジュニア版「なぜなに古事記ものがたり」村岡花子訳とか、
そういう類の本で内容は十分に知っておりましたが、
知識の整理と共に、「和語」にも今一度慣れておこうかと全巻揃え、
これを読破すべく、現在奮闘中であります。
でも、当然ながら、読破前に正月休みも終わりを告げつつあります・・・。


イザナギ、イザナミ.jpg
https://ameblo.jp/takanoyumi333/entry-12486679003.html
高野さんのブログより。なりあまれる方となりあわざる方、お二人の図。
LGBTの方は、いずこに・・・。


さて、日本書紀と万葉集とは未だ読破を果たしてはおりませぬが、古事記は
すでに読み終えました。
で、一つ二つ大きな疑問が生じました。それは、
「弥生時代から古墳時代に至るまで、考古学の結果などから推察すると、北九州の存在が非常に大きい!にもかかわらず、少なくとも古事記では、北九州について書かれている話はひどく少ない。代わって、宮崎やら島根やらの、現代日本社会においてはほとんど忘れ去られているも同然の地域(冗談ですよ!)の話が非常に大きく取り上げられている!ここには、これまで教科書などでは全く教えられてこなかった重要な何かが隠されているはずだ!」

加えてもう一つ。

「古事記の序文は太安万呂(おおのやすまろ)による立派な漢文で書かれている。これを読むと、安万呂の教養の深さを知ることができる。さぞかし多くの大陸由来の書物を読みこなしたに違いあるまい。にもかかわらず、なんで「魏志倭人伝」などに代表される大陸の「正史」の中の倭人関係の記載には一切触れていないのだ?読んでないのか?古事記や日本書紀には編者による数多くの「注釈」が付いているのだから、これらの「注」の中で大陸の「正史」中の倭人関連の記載に触れても良いはずなのに、全くかすりもしない!」

ということで、次回からはまず、「宮崎と島根」にちょろちょろと目配りしながら、大陸~半島由来の新文化がどのようにして列島に拡散していったのか、考えていきたいと思います。

ではみなさま、今年もよろしくお願い申し上げます。


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このページは、喜源テクノさかき研究室が2021年1月 4日 16:30に書いた記事です。

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