今月の書評-21

| | トラックバック(0)
みなさまこんにちは!いかがお過ごしですか?
ここ長野もとうとう梅雨に突入してしまいました。
また、台風が近づいているとのこと。ちょいと風も強まりつつあるカンジです。
これからの一か月強はシトシト~どんよりの日々となるのでしょうが、その後はいよいよ夏!今年は例年にも増して猛夏となるような気配です・・・。

さて、今回は斎藤成也氏の著作、「核DNA でたどる日本人の源流」に基づいて、YDNA でもmtDNA でもない、細胞核のDNA を直接的~網羅的に分析して得られた結果に基づいてお話を進めていきたいと思います。

この方法は近年のDNA 分析技術とコンピュータ技術の大躍進の結果生まれたもので、ほんの10 年くらい前には夢物語であったものです。方法論の詳述は避けますが、分析より得られる情報量は前二者と比較して圧倒的に莫大です。しかも、前者がそれぞれ男系と女系の遺伝情報しか得られなかったのに対し、この技術では男も女もなく、個人単位での情報が得られるところも大きな強みです。
一方で、遺跡より出土する人骨から得られるDNA は損傷が激しいので、この方法を用いても、適用できる試料にはやはり限度があるようです。
そんな中、著者が率いる国立遺伝学研究所のグループは、縄文後期~晩期の遺跡から出土した2 個体の分析に成功し、その結果を上記著作の中で示されました。

で、YDNA~mtDNA に比べて圧倒的に有利な核DNA 情報分析ですが、いきなり早々と結論を申し上げますと、前二者の結論を裏打ちする結果となった、ということです。


ううむ、ま、たぶんそうなるだろうとは思っていたけれどやっぱりそうなったか、ということですので、これ以上記述の動機も薄れてしまうのですが、そこをナントか気持ちを奮い立たせて書いていきます・・・。


YDNA、mtDNA、核DNA の三者の結論の一つとして共通していることは、縄文人が現代の近隣諸国の住民とは全く異なる人々であった、という点に尽きます。
縄文人を特徴づけるYDNA はD2 であり、mtDNA ではM7aN9b です。N9b に関してはひとまず置いといて、恐らく、D2M7a は共に移動してきたと思われます。D2 の祖先型がインド洋に浮かぶ島々に住むアンダマン諸島人に見られることから、このハプロタイプの由来は古いこと、また、このタイプを持つ人々はアフリカを出た後、インドから東南アジアを経て大陸を北上したことが考えられます。
一方のM7a の祖先型も東南アジアに見られることから、これら縄文人のご先祖様たちが古い時代に南方からやってきたことは、ほぼ間違いないと思われます。

興味深いことに、これらの両タイプの祖先型はパプアニューギニアやオーストラリアでは見つからないことから、ご先祖様たちはスンダランドを南下することなく、そのまま北上していったと考えられます。
これは核DNA からも証明され、縄文人と最も似ているのは現代日本人であり、近隣アジア諸国民はその次、最も似ていないのがパプア人やメラネシア人、との結果でした。
個人的には、古いアイヌ人の写真などから、縄文人とパプアニューギニア人やオーストラリア原住民との関連を期待していましたが、全く予想を裏切るものでした。
但し、縄文系が必ずしもパプア~オーストラリア系から分岐したのではないとしても、両者共に出アフリカの、古くてパイオニア的な先頭集団であったのは確かなようです。



トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 今月の書評-21

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.kigen-technosakaki.jp/mt/mt-tb.cgi/191

この記事について

このページは、喜源テクノさかき研究室が2018年6月10日 10:25に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「今月の書評-20」です。

次の記事は「今月の書評-22」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。