今月の書評-2

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続きです。
「ブラタモリ」って、人気高いと思います。センセもほとんど見てます。
ブラタモリ、最初の頃はビルで埋もれた東京の地形のちょいとした変化から元々の姿を読み取る、というカンジで始まった番組でしたが、ドンドン発展していって、今では日本全国の「地誌」を面白おかしく紹介するカンジの番組となりました。

因みにセンセ、BSジャパンの「くもじい」と「くもみ」の番組も好きです。
じゅるる~。

で、その中で皆様もよくよく感じていると思われるのが、タモリ氏の博識ぶりです。特に「断層」とか「境目」とかに執着的な興味をお持ちなようで www。

センセは特に地質学に興味があったわけではないしブラタモリに影響されたわけでもないのですけど、なぜだかフラッと山野井氏の「日本の土」を買いました。一つはたぶん、普段はあまり気にも留めないようなありふれた日常のヒトコマではあるけれど、何かの拍子に「ん?あれって結局どういうことなんだろう?」などと疑問が生じる、そんな興味の対象の中に、センセの場合、地質学や地誌学があるからだと思います。
別の言葉で言えば、「がっぷり四つに取り組もうとはゆめゆめ思ってもいないのだけど、例えば山歩きの中などでいきなり大岩石が露出しているところに出くわしたりした場合、その存在理由を一通り説明出来たりすると嬉しいな!」くらいの気持ちで手に取ったのかも知れません。

で、「日本の土」ですが、初めから三分の二ぐらいまでは相当に専門的です。センセの場合、「世田谷区豪徳寺時代-4」でもご紹介の通り、小学生の頃は東京都世田谷区の豪徳寺に住んでいて「泥投げ合戦」を主体とした戦争ごっこに明け暮れた毎日を送っておりましたので、泥投げに最適なポコポコした硬さの赤土の「関東ローム層」にはある種特別な思い入れがありまして、そのため、専門性の高い始めの三分の二も比較的興味深く読むことができました。けれども過去に関東ローム層の土壌において泥投げ合戦を経験されていない大多数の善男善女の方々にとっては、最初の三分の二は専門性が強すぎるかも知れません。

けれどもこの本の本領はそこではありませぬ。その先から展開する「クロボク土(クロボクつち、あるいはクロボクど。クロボク、プラスマイナスではない)」に対する疑問~推理~解明に至る展開です!

クロボク土というのは、真っ黒でサラサラした表土です。日本の関東~東北~北海道と、九州に分布しますが、なぜか関西~中国~四国にはほとんど見られません。
真っ黒な表土というからには、普通は栄養分が豊富な肥沃な土というイメージがあり、ウクライナのチエルノーゼムなどを思い浮かべるかと思います。けれどもクロボク土は痩せていて、肥料を与えないと作物が育たない土だそうです。
従来の説では、クロボク土は火山灰が主体となって形成された土と捉えられ、自然にできた土壌だと考えられてきました。
細かな説明は省きますが、山野井氏はこれに疑問を持って自ら色々な実験を行い、その結果に基づいて推論を進めた結果、ナ、ナント驚くべきことに、「クロボク土は縄文人の生活によってもたらされた土である!」との結論に至ります!この結論に至るまでの推論過程が極めて面白く、知的好奇心満載の部分ですので、ここでは詳細に立ち入らず、是非とも購読されることをお勧めいたします。以下、クロボク土の正体を明かすのも、ナンカ、推理小説のネタ晴らしみたいで控えるべきなのかも知れませんが、でもそれではセンセのブログのためにはならないので、私利私欲を優先し、情け無用でバラシていきます。

クロボク土の正体、それは、「縄文人の草焼きのあと」だったのです!ジャジャジャジャーン!!!どうです?びっくりこいたでしょう!!!

え?だからどうしたって?ははあん、あんた、あの娘に惚れてるね?じゃなくって、あんた、分かっちゃいないね?次を見よ!

クロボク土の分布.jpg
これは日本全国のクロボク土の分布を示す図です。本から直接引っ張ってくるとセンセがK察に直接引っ張られるので、わざわざ絵に描いて載せました(北海道、描き忘れた!)。
これで納得した?

え?まだ分かんない?ではこれでどだ!

縄文遺跡の分布.jpg
これは縄文時代、特に中~後期の遺跡の分布図です(やっぱし北海道描きわすれた・・・)。も、分かったでしょ?
縄文時代の遺跡とクロボク土の分布が見事に一致してるじゃないですか!

ここでの注目点ですが、九州は鹿児島~宮崎、特に宮崎の都城周辺と阿蘇山~湯布院周辺に多く、中国地方では山陰の出雲地方、関東では千葉の下総台地、群馬、長野の佐久平、東北太平洋岸などに多くクロボク土が分布している点です。これらの地域、過去は「牧(まき)」として名馬の供給地であり、現在では牛の放牧が多く見られるところです。阿蘇周辺などは、現在でも定期的に草焼きを行っていると思います。
因みに昔、センセがW大の学生だった頃、サークルの仲間と茨城の霞ケ浦のほとりのゴルフ場にしばしば通っておりました。学生運動も一段落して成田国際空港が漸く開通した頃でしたが、千葉から高速道路に乗り、空港インターで降りて茨城へと向かうルートしかなかった時代でした。
で、内装を全て引っ剥がしてロールバーをぶち込み、上げて固めたサスペンションにラリー仕様のタイヤを履き、黒のつや消しのボンネットに赤とオレンジのストライプが走るマッキッキのボディーの中古のサニー1200を駆って成田から茨城へと向かう道路沿いには黒土の畑が延々と連なり、特産の「落花生」がたくさん栽培されておりました。センセは見事なまでに黒い畑の土を見て、「ははあ、この界隈の土は良く肥えておることよ!さぞや立派な落花生が出来ることであろうな!」などとおよそ見当違いなことを考えておりましたが、今ではこれらの落花生が育っていたのは肥沃な黒土ではなく、痩せたクロボク土であったのだと、目からまなこ、じゃなくて、しつこいけど、うろこのセンセでした。

で、縄文人が草焼きを行って出来たのがクロボク土、というところまでは分かりましたが、ではなぜ黒いのか、そしてどのような目的で彼らは草焼きを行ったのかに関しましては、是非とも山野井氏の本を読んでご理解されて頂きたいと思います。

クロボク土の本によって、「人類の誕生と拡散」~「日本人の原型」~「現代日本人に至る経緯」に関して新たに知的好奇心に火が付いたセンセですので、次回はこれらについて語ってみたいと思います。

では、本日はこれまでっ!

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このページは、喜源テクノさかき研究室が2017年12月24日 20:15に書いた記事です。

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