昭和40年代:時代と音楽-38

| | トラックバック(0)
ここ数日、坂城は本当に寒い日が続いてます。今朝も最低気温が零下7℃。このような厳寒の日々がこれから2月半ばまで続くわけですが、このような中、さすがにバイクに乗る気力はありませぬ・・・。また、この時分は少し山の方に入ると至る所で凍結した路面に遭遇しますので、バイクに乗るべきではありません。どうしますかね?やっぱ、スキーだね!10数年ぶりに、近場の菅平にでも行ってくるかな?

と、連休初日に考えたセンセですが、二日目には早くも挫けることとなりました・・・。だって、昼から雪が降るって天気予報で言ってるし・・・。スキーだから雪が降って当たり前?いやスキーもやはり、快晴の中でやりたいよね!(明らかに出不精の言い訳です・・・。)

さて、長々と続いてきた「昭和40年代:時代と音楽」シリーズ、そろそろ締めくくりの時も近づいてきました。ざっとまとめてみますね!

センセが小学校4年生の昭和39年=1964年に東京オリンピックがありまして、翌年の昭和40年に世田谷区から足立区に移りました。当時の足立区はまだまだ田舎で、見渡す限り田んぼだらけの世界でした。世界の音楽シーンではビートルズとローリングストーンズに代表されるリバプールサウンドが席巻していた一方で、日本ではベンチャーズや加山雄三、平凡パンチやアイビーファッションが流行しておりました。世界情勢としては、米国の北ベトナムに対する北爆開始や、黒人過激派指導者のマルコムXの暗殺事件などがこの頃です。日本国内は佐藤栄作首相の長期政権下にあり、朝永振一郎博士がノーベル賞を取ったのが、この年です。

昭和41年=1966年=小学6年生時にビートルズが来日。GSと呼ばれたグループサウンズが登場し始めたのが、この頃です。ファッションも、アイビーカットからマッシュルームカットに移行。ミリタリーファッションなんてものも、流行りだしました。中国で文化大革命が始まった年でもあります。

昭和42年からの3年間=1967~69年=センセの中学時代ですが、ビートルズは公演を停止し、実験的音楽を量産し始めた時代です。リバプールサウンドに代わり、サイケデリックサウンドやジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンなどのよりハードなロックが史上最大の盛り上がりを見せ、1969年のウッドストックに結実した時代です。マッシュルームカットから長髪、ヒゲ、バンダナ、パンタロンやミニスカートなど、若者文化はレインボーカラーのサイケデリックなものが花盛り。フラワームーブメントがピークを迎え、ヒッピーやフーテン、アングラ文化が登場した時代です。国際的には米国がベトナムで枯葉作戦を開始、ソンミ村事件、プラハの春、キング牧師暗殺、ロバート・ケネディ暗殺、パリ五月革命勃発、いよいよ過激さを増す中国文化大革命、ニクソン政権誕生、アポロ11号の人類初の月面着陸など。国内的には、美濃部都知事就任、激しさを増す学生運動、川端康成氏ノーベル賞受賞、東大紛争~安田講堂占拠事件、府中の三億円事件、金嬉老事件など。TV「ゲバゲバ90分」のハナ肇、「アッと驚く為五郎~!」は、日本中を席巻した一大流行語となりました。

センセの高校時代の昭和45年から47年=1970~1972年、ビートルズは解散し、各メンバー毎に活動する時代に。特にジョン・レノンの「Mother」や「Imagine」は、その後の彼の「平和の伝道師」的なイメージを高めました。ただし実際の彼はそのようなイメージとはかけ離れ、内面的には大きく苦しんだ時代であったようです。ロックシーンにおいては、レッド・ツエッペリンやディープ・パープルなどのハードロックの全盛期。一方でCCRやサンタナ、ロッド・スチュアートなどがヒットを飛ばした時代でした。Grand Sweat Revivalが自由が丘でデビューした時代でもあります(同時解散)。R&Bはソウルミュージックとなり、ジャクソン5やカーペンターズが大活躍し始めた時代です。世界情勢は、ベトナム戦争や文化大革命は相変わらず、中華人民共和国の国連復帰~台湾の脱退、ニクソン大統領の突然の中国訪問~その後のウオーターゲート事件など。国内的には、三島由紀夫の切腹事件、大阪万博開催、よど号ハイジャック事件、ドルショックによる円の変動相場制への移行、浅間山荘事件、横井軍曹グアム島で発見、沖縄返還、田中角栄内閣の誕生、といったところでしょうか。松平監督率いる男子バレーチームがベルリンオリンピックで金メダルの快挙を達成したのが、この当時です。公害問題が一世を風靡し、光化学スモッグがしばしば発生。東京から富士山は見えないのが当たり前であった時代でした。

以降はソウルのダンスミュージックやフィラデルフィアサウンドなどの全盛期となり、ウッドストック時代の典型的なロックサウンドは影が薄くなっていきます。そして1976年、イーグルスの「Hotel California」によって、60年代ロックは自ら終止符をうつこととなりました(と、解釈されています)。1973年にはブルース・リーの「燃えよ!ドラゴン」が登場!海外文化=欧米文化一点張りであった時代に、アジアから風穴が開いた瞬間でした。
1975年、南ベトナム政府の首都であったサイゴンが陥落。ここにベトナム戦争は本質的に終了します。1976年の毛沢東の死去後、いわゆる「四人組」が逮捕され、ここに文化大革命も終了を迎えます。現在、GDP換算で世界第二位の大国となった中国が、強大国たるべく離陸を開始した瞬間です。国内では1973年に第一次オイルショックが発生し、時代の雰囲気は、「政治の時代から経済の時代」へと変貌を遂げていきます。国内の学生運動は組織間での血みどろな「内ゲバ」に変質し、国民の支持を完全に失ってゆくこととなります。

そして1980年12月8日、ジョン・レノンは、アメリカNYにおいて、狂信的なファンによって、拳銃にて殺害されます。齢40でした。ここに60年代のあの狂騒が、完全に幕を閉じることとなりました。合掌・・・。



そしてボブ・ディラン。
今年で76歳。
もち、ノーベル賞。
長生きしそうだね、ボブ?

聞いてる?





トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 昭和40年代:時代と音楽-38

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.kigen-technosakaki.jp/mt/mt-tb.cgi/151

この記事について

このページは、喜源テクノさかき研究室が2017年1月 7日 10:56に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「昭和40年代:時代と音楽-37」です。

次の記事は「坂城散歩道-7」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。