昭和40年代:時代と音楽-35

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さて、ビートルズの「Hey Jude」を聴いて音楽に目覚めたセンセですが、高校1年の年にエレキギターを覚えました。
センセの兄は、とうにエレキをやっていましたし、義理の兄(姉の旦那)もまたエレキ野郎だったので、家にはヤマハのアコースティックエレキギターやベース、アンプなどがごろごろしてました。12弦のアコースティックギターもありました。特に我が家が特別というわけでもなく、「家族勝ち抜きエレキ合戦」などの影響もあって、一家に一台くらいエレキがあっても可笑しくない時代でありました。で、初めの頃は兄や義兄にコードを教わりながら、一緒にビートルズの曲を演奏してました。

当時の家は足立区と埼玉県の県境にありました。今でこそ家屋が密集しておりますが、当時は見渡す限りの田んぼの中にポツネンと我が家がある、といった状況でしたので、アンプにギターを接続し、マイクを用いて歌っても、ご近所から文句もでませんでした。そもそもご近所、無かったので・・・。ご近所の文句どころか、夏になると大音響のカエルのバックコーラスが加わったものでした。両親も仕事で不在が多かったので、この方面からの文句も殆どありません。

初めの頃はただエレキを弾きながらビートルズの歌を兄や義兄と一緒に歌ってるだけでしたが、そのうち学校の仲間を一人、二人さそうようになりました。けれどもいまだバンドを作ろうという発想はありません。

ほどなく、兄が持っていたビートルズの伝記を読みました。結構分厚い本でしたが、一気に読んでしまいました。多感な年頃、この本がセンセに及ぼした影響力は非常に大きく、「よし、おれもバンドを作ってビートルズのようになるぞ!」と本気で思ってしまいました。バカですね、ホント!
で、その後、高校2年になると、仲間を集めてロックバンドを結成しました。その名もGrand Sweat Revival!!! 偉大なる汗の復活!
ナンかカッチョイイ名前ですが、ナンのことはない、「Grand Funk Railroad」と「Blood Sweat & Tears」と、「Creedence Clearwater Revival」の三つから一つずつ拾ってくっつけただけの名前です。

センセが通っていたW中学は中高一貫の私立校でしたので、バンド仲間はみな中学からの知り合いです。
バンドは、リードギター、サイドギター兼リードヴォーカル、ベース、ドラムスの4人編成。このうち本当に上手かったのは、リードギターの**君だけでした。センセはようやくコードを引ける程度でしたが、一番目立ちたがり屋でしたので、コードだけでもOKなサイドギターとリードヴォーカル担当。ベースの++君とドラムの$$君はバンド結成後に無理矢理に仕込んだという、とんでもないバンドでした。

で、秋の文化祭に向けて猛練習を開始!
曲目は、初期のビートルズの曲とCCRのものが大部分でした。その理由は、「演奏が簡単だったから」。CCRなんかは、殆どが三つのコードだけで引けますので、大助かり。リードギターの**君は上手かったので他の曲もやりたがってましたが、他のメンバーの腕がついて行けなかったので、無理。特にドラムの$$君なんかはもともとリズム感が無いので、彼を仕込むのに四苦八苦!バンドのオープニングテーマとしてビートルズの「Birthday」を選びましたが、途中のドラムの独奏で「ドンドコドンドコドンドコ・・・」のところがいくらやっても数が合わず、夜遅くまで「ドンドコドンドコドンドコ・・・」繰り返したのも良い思い出です・・・。

文化祭には他のバンド、特に一学年下のバンドも参加予定でした。で、先輩バンドとしては大いに気になり、連中が練習しているところを下見に行ったりするわけですが、彼らはリードギター+ベース+ドラムの三人バンドで、演目はグラファンの「Heart Breaker」や「Inside Looking Out」なんかのバリバリのハードロック!
あ、こりゃ敵わんな~と我々は焦りましたが、ともかく「ロックンロール路線で行くんだ!」とのメンバーの堅い決意のもと、途中から飛び入りで加わったヴォーカルの&&君も入れて総計5名、一致団結して文化祭に臨みました。

で、当日、ビートルズの「Birthday」のオープニングで明けたGrand Sweat Revivalでしたが、恐れていた「ドンドコドンドコドンドコ・・・」も数が合い、その後は「Bad Boy」、「Dizzy Mis Lizzy」、「Proud Mary」、「I Heard It Through the Grape Vein」などその他、滞りなく演奏も終了し、聴衆の反応も上々!あとは下級生の演奏を待つばかりでした。で、いよいよ彼らが登場して演奏を開始しましたが、やっぱりグラファンのハードロックなんて重くて重くて一般には受けが悪く、焦った彼らはいきなりお友達連中が舞台に登って踊り出すなど、笑いを取ろうとの魂胆が見え見え!ギャハハハ!ざまみろ!・・・なんては思いませんでしたが、ま、とりあえず安堵したセンセ達でありました・・・。


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このページは、喜源テクノさかき研究室が2017年1月 4日 15:11に書いた記事です。

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