昭和40年代:時代と音楽-30

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アルバム「Revolver」以降、ビートルズは完全に「独自の音楽世界」に没頭するようになります。この頃から、彼らの音作り、その背後の世界観と哲学、付随するファッションなどが若者文化に大きな影響を与え、世界的な潮流を生み出してゆきます。いわゆる「フラワー・ムーヴメント」とか「ヒッピー文化」とか「Love & Peace」とか呼ばれる時代の始まりです。

「Revolver」の次に発売されたアルバムが、「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」。このアルバムから、「一つのアルバムとしての物語性」という新たなコンセプトが生まれました。
これまでは、ポップでもロックでもR&Bでも、各個に作られた曲をアルバムの枠の中にただ単に突っ込むだけでしたが、ビートルズの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」ではアルバムをサーカスの舞台と見立て、テーマに沿って曲を配置していきます。
アルバムのオープニングでは、サーカスの演奏バンドとの位置づけのSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandの開幕演奏がまず行われます。これに引き続き、あたかもサーカスの演目が行われる如くに様々な曲が演奏され、エンディングでは、「みなさまお楽しみいただけましたでしょうか?」とばかりに、アップテンポにした開幕曲を再演奏して締めくくられます。

アルバム中の曲も、ポール、ジョン、ジョージそれぞれの個性が強く現れた曲がバランス良く配置され、リンゴのために書かれた曲もまた、その中で独特の味を出すべく組み込まれています。
このような「コンセプト・アルバム」とでも言うべきアルバムは、その後はビートルズだけでなく多くの音楽家が真似することとなりますが、それらの嚆矢である「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」は、同時代~以降の軽音楽の世界に非常に大きな影響を与えた20世紀史上最高のアルバムの一つである、と断定しても、反対する人は少ないと思います。

このアルバムの中のジョンの曲、あの有名な「Lucy In the Sky With Diamonds」ですが、ま、ドラッグ云々はともかく、その後のジョンの一連の曲の原型とでもいうべき作風です。おそらく、彼の心の奥底には、いつでも逃げ帰れるような、花々に満ちた桃源郷とでも言うべき園が、あこがれの中に存在していたのでしょう。彼のLove & Peaceの哲学も、その園から発信されるものだったのかもしれません。けれどもしかしながら、そのような想いは音楽として表現され、それに対して多数の共感を得ることはできた一方で、必ずしも現実世界に直接的影響を及ぼすこともなく、また、彼の私生活の中では大きな矛盾をも引き起こし、それらが相まって、後年の彼の精神を苦しめる原因の一つともなってしまいます。

アルバム「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」に引き続いて「Magical Mystery Tour」、「The Beatles:いわゆるホワイトアルバム」、「Yellow Submarine」と続きます。

Magical Mystery Tourを主題としたTV番組がビートルズ主導で作られましたが、駄作です。センセも見てません。当時は「ビートルズも駄作を作る!」と驚きの声が満ちたほどですので、逆説的に、彼らの天才ぶりがかえって浮き彫りとはなりました。
その後にYellow Submarineを主題としたアニメが作られましたが、これは傑作です。センセも何度も見ました。アメリカのディズニーアニメあたりからは決して生まれてこない、芸術的といって良い作品です。この作品を一度見れば、この当時の「レインボーカラーに充ち満ちたサイケデリックな雰囲気」がすぐに理解できると思います。
この頃の彼らの曲には、例えばポールの「Penny Lane」とかジョンの「Strawberry Fields Forever」とかその他、英国の風土~文化の香りを強く伴う曲が多いですが、アニメYellow Submarineもまた、所々に英国文化を強く覗かせるシーンがあります。その後に「空飛ぶモンティパイソン」を見たとき、同じアーティストが作っているのかと思いましたが、どうやら違うようですね。

いわゆる「ホワイトアルバム」に関しては、玉石混淆、色々なものを無秩序に一緒くたにぶち込んだアルバムです。実験的な曲も数多いですが、実験的であると同時にスゴイ曲もあります。「世間的にはあまり知られていないが個人的には好きだ!」という曲が多く含まれているアルバム、という意見に同意する方も多く居られることと思います。

このように、ビートルズが大実験を行っている頃、世界のロックシーンもまた、グラグラと煮えた大釜の中で爆発寸前の状態となっておりました。


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このページは、喜源テクノさかき研究室が2016年12月29日 09:57に書いた記事です。

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