昭和40年代:時代と音楽-11

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当時のアメリカの黒人ポップ音楽、R&Bとかソウルミュージックとか呼びますが、R&B(リズム・アンド・ブルース、あるいはアール・アンド・ビー)とソウルミュージック(あるいは単にソウル)の違いって、あるのでしょうかね?ナンかうるさいヒトは使い分けているようですけど、センセらの世代は当時、単にR&Bって言ってました。その後、ブラックパワーの時代になって登場してくる新世代の黒人ポップ音楽の事をソウルと呼んでました。
ピョンヤンはかんけーねーです。
でも、例えばアーサー・コンレイは「Sweet Soul Music」なんて歌を67年に歌ってますし、ウイルソン・ピケットなんかも「ソウルソウル」とはよく言ってましたが、当時の黒人歌手が「R&B」なんて言ってるのを聞いたことないような気もします。

ま、いずれにしましても、当時の「日本人」は60年代の黒人ポップ音楽のことをおしなべてR&Bって言ってましたので、ここでもこの言葉を使っていきます。

アメリカ北部の自動車都市であるデトロイトで生まれ育ち、一般の白人にも受け入れられるような音だった事から、モータウンサウンドを「北部のR&B」、そして一方の雄である、よりブラッキーなアトランティック系サウンドを「南部のR&B」と分けたりします。アトランティックというのはレコード会社の名前で、所在はニューヨークにあります。
両者の音の違いは明らかで、「これぞモータウン!」というような特徴的なリズムにポップ度の高いメロディーを乗せたモータウンサウンドに対し、「シャウト」唱法を駆使しつつ、より黒人度の高い音で売り出していたのがアトランティックでした。
アトランティックというのは単なるレコード会社の名前ですので、この会社に属していない南部系の黒人歌手もたくさんいたわけですが、ともかくも、「モータウンサウンドではない、ブルースやゴスペルの影響を強く引きずった、より黒さの強い音」はみな「アトランティック系の音」と、少なくとも当時は認識されておりました。

ここではまず、モータウンサウンドについて語っていこうと思います。

初期のモータウンを代表する歌手が、ジャッキー・ウイルソンです。ジャッキー・ウイルソンの曲って、あまりその後のモータウンサウンドを彷彿とさせるような音じゃないんですけど、ともかく一時代を築いた歌手であることに間違いはありません。代表曲には「Higher and Higher」があります。1977年のリタ・クーリッジのカバーで知ってるヒトもいると思います。両者の雰囲気は全く違うけど・・・。

ちょいと余談ですが、アメリカの曲って、カバーがやたらと多いですよね!?カバーの方が有名な曲もしばしばです。日本の歌謡曲なんかではあまり見られない現象ですが、何でですかね?

モータウンがモータウンらしくなってきた当時の最大の立役者が、スモーキー・ロビンソンとミラクルズです(当初はThe Miracles)。「Shop Around」、「You've Really Gotta Hold on Me」などが初期の代表作で、「You've・・・」はビートルズがカバーしてます。その後は「Going to a Go-Go」や、「The Tears of a Crown」などのヒットを連発します。彼らのスタイルは、その後に続くテンプテーションズやフォートップスなどに引き継がれ、典型的なモータウンスタイルの基礎を作ることとなりました。

初期の女性陣には、あの有名な「Please Mr. Postman」のマーベレッツがいます。彼女たちの後には、マーサとヴァンデラス、シュープリームスと続きます。
1965年には「My Guy」のスマッシュヒットを飛ばしたメリー・ウエルズ、その後70年頃からは、シュープリームスから独立したダイアナ・ロスが活躍することとなります。

モータウンサウンドの全盛期って、ヒトによって意見が異なるでしょうが、個人的にはやはり、テンプテーションズ、フォートップス、マーサとヴァンデラス、シュープリームス、マービン・ゲイらが活躍した1965~69頃だと思います。思いつくままにヒット曲をあげても、テンプテーションズの「My Girl」、フォートップスの「I Can't Help Myself」、マーサとヴァンデラスの「Heat Wave」や「Dancing in the Street」、シュープリームスの「Stop! In the Name of Love」や「You Can't Hurry Love」、マービン・ゲイの「悲しいうわさ:I Heard It through the Grapevine」などなど、紙面の関係上?ホンの一部しかご紹介できませぬ・・・。
「悲しいうわさ」はグラディスナイト・アンド・ピップスがオリジナル(1967年)ですが、マービン・ゲイの方が有名かつ(個人的には)出来が良いと思います。その後、クリーデンス・クリアーウオーター・リバイバル(CCR)がカバーします。

大体こういう雰囲気のまま、世情はウッドストックへと向かうこととなります。注意すべき点は、モータウンサウンドにはビートルズもローリングストーンズも、その他のロックもましてやフォークにおいてをや、影響力を全く及ぼすことはなく、モータウンサウンドはあくまで徹頭徹尾モータウンサウンドであり、ビートルズが世界を席巻した当時、ほとんど唯一これに真っ正面から立ち向かい、しかもしばしば勝利を納めたのがモータウンサウンドであった、ということなのです!

おう、なんだか熱のこもった締めくくりですね!

本日はこれまでどす!

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このページは、喜源テクノさかき研究室が2016年11月 1日 20:28に書いた記事です。

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