昭和40年代:時代と音楽-8

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ビーチボーイズの音楽は当時のアメリカ西海岸の若者文化を代表するもので、サーフィン+車+ガールズの「三種の神器」を日々追求しているような連中の音楽です。軽快なのりのりのリズムが特徴ですが、後々、その軽快さが「軽薄」といわれてしまうものではありました。
ベンチャーズの音はより大人向け~都会的ではありましたが、両者とも基本的に表層的であり、世界中の誰からもうらやまれていた当時のアメリカの消費文化の一角を音楽面において担うものでありました。

これらとは全く一線を画する音楽の潮流が、当初は小さなものではありましたが、花開きつつありました。フォークソングです。
アメリカのフォークソングとは、元々は各地元で歌い継がれてきたような「民謡」を、アコースティックギターやバンジョー、ハーモニカなどの伴奏を伴って引き語り形式で歌う音楽のことです。「遙かなるアラモ」などで有名なブラザース・フォアの成功によって商業ベースに乗り始め、ビルボードのトップを占めるような曲も出つつありました。
ビートルズ登場の頃には、ジョーン・バエズ、ピーター・ポール・アンド・マリー(PPM)、そしてボブ・ディランらが活躍しはじめました。



フォークソングの特徴の一つは、その「優しさ」にあると思います。

やっかましいロック、荒々しいロカビリー、重すぎるブルース、難しすぎるジャズ、単調すぎるカントリー、軽佻浮薄なポップ、これらのいずれにも満足できない、どちらかといえば眼鏡をかけて図書館で静かに本を読みふけるような、そんな知的で優しいタイプの若者たちに、フォークソングはフィットしたのだと思います。
そして当時、若者を取り巻く情勢は、単に図書館にこもっている場合では無い!との想いを、彼らに抱かせつつありました。

「Dona Dona」とか「Lemon Tree」とか、この頃のフォークには、取り立てて世情に対するメッセージ性は感じられません。
けれども当時、アメリカ国内では黒人公民権運動が熱を帯び、国外ではベトナム戦争が慢性化の色を濃くしつつありました。また、環境破壊に対する告発書、レイチェル・カーソンンの「沈黙の春」が発表されたのも、丁度この頃です。
これらの危機感に触発され、フォークソングのもう一つの特徴である「メッセージ性」が、歌詞の中に付加されるようになりました。

PPMの「花はどこに行った」や、ボブ・ディランが書いてPPMがヒットさせたあの名作、「風に吹かれて」が世界中でヒットし、アメリカンフォークソングもまた、当時の世界中の若者を魅了することとなったのです。

これらのフォークソングは、その後、より音楽性を高めつつメッセージ性を薄めたタイプのものや、音楽性は二の次で、より過激なメッセージ性に重きを置いたものなど、いくつかのスタイルを生み出すこととなりますが、アコースティックギターを中心とする簡単な伴奏での引き語り形式には変わりがありません。

数年後には、「青春の光と影」のジュディ・コリンズ(作者はジョニ・ミッチェル)、「Georgy Girl」のザ・シーカーズ、California Dreamin'」のママス・アンド・パパス、「Mellow Yellow」のドノバン、「Daydream」のジョン・セバスチャン、そして70年代には「Take Me Home, Country Roads」のジョン・デンバーなど、いずれも名だたるフォーク~フォークロックシンガーを輩出することとなります。また、「花のサンフランシスコ」のスコット・マッケンジーや「君の友達(作者はキャロル・キング)」のジェームス・テイラー、アルバム「つづれ織り」のキャロル・キングなどのような、いわゆる「シンガーソングライター」と呼ばれる人たちのスタイルにも多くの影響を与えたことは論を待たないところです。

そしてさらに、ビートルズやローリングストーンズなどのロックの連中にも影響を与え、サイモンとガーファンクル登場の引き金となり、ウッドストックで一気に爆発する、いわゆる「フラワームーブメント」の時代を形作る直接の導火線となったのでした。

こうして後から冷静になって俯瞰してみますと、初期のフォークシンガーたちの影響力の大きさに驚かされてしまいます。わずか数年の間にベンチャーズ的な要素が音楽シーンから一掃されてしまうとは、「勝ち抜きエレキ合戦!」の頃には夢想だにされなかったものではあります。
確かにノーベル賞に値する影響力の強さでありました。

で、ボブよ・・・。
もういいかげんに「出てこんかい!」


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このページは、喜源テクノさかき研究室が2016年10月23日 15:33に書いた記事です。

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