昭和40年代:時代と音楽-5

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「その時」は突然にやってきました。

ある日、プラモデルを作っていたか本を読んでいたかは覚えていませんが、兄の部屋のラジオから、ある楽曲が流れてきました。初めて聞く曲でした。

その曲が終わったとき、センセは、天啓に打たれたかのごとく、あるいは弊社の天恵喜源特濃スティックタイプをいきなり10本飲んだかのごとく、その場もたちやらで、ワナワナと感動に打ち震えていたのです・・・。

なんて素晴らしい曲なんだと・・・。

それは、ビートルズの新曲、ポールの「Hey Jude」でした・・・。

一目惚れならぬ一耳惚れです・・・。

その時以来、プラモデルもマンガも、怒髪天を衝いた藺相如も、いままでの輝きを失ってしまいました。そしてその代わりに、ビートルズを初めとしたロックやR&Bのスター達が、センセの心を間違いなく100%、占めることとなるのでした。


このような事は誰しもが経験することかと思います。特に感受性の強い思春期においては、ある意味日常的な出来事なのではないのでしょうか?
一種の「すりこみ」現象ですね!
このような「すりこみ」が音楽で生じるヒト、絵画で生じるヒト、宗教で生じるヒト、あるいは思想哲学、スポーツ、文学、科学など、「対象」は異なると思いますが、そのヒトの将来の方向性を決定するような重要な瞬間が思春期~青年期の強い感受性を伴う時期に生じるという事実には、生物学的な、ある種の重要かつ合目的性に富んだ意義が隠されているように思えます。
このような天恵喜源、じゃなくて天啓に導かれ、そして同時に才能と環境に恵まれ、なおかつ努力を怠らず、さらには十分な冒険心を持ち得たヒトが、後に名を残すような人物となるのでしょう・・・。


さて、Hey Jude に一耳惚れしたセンセは、以来、ビートルズに夢中になりました。Hey Jude が発表されたのが1968年=昭和43年=中学2年の年です。
この年の前年、1967年にはキューバ革命の立役者の一人であるチェ・ゲバラがボリビアで射殺され、翌年の1968年には、黒人運動の指導者、キング牧師がテネシー州メンフィスで暗殺されます。
ベトナム戦争はいよいよ盛んで、腹面側面を真っ黒に塗った大型爆撃機B-52が、連日のごとくに沖縄嘉手納基地から北ベトナムに向けて北爆を行っていた頃です。もちろん沖縄はいまだアメリカの統治下にありました。
中国では文化大革命が進行中で、TVのニュース番組では、赤いスカーフを首に巻いた紅衛兵の連中が「毛沢東語録」を片手にスローガンを叫びつつ行進し、それを壇上から毛沢東を初めとする中国共産党の幹部が拍手しながら見守っている、というような画面が連日のように報道されていました。
国内では東大紛争が勃発。これに呼応して日本全国の大学で学生によるストが頻発し、タオルで顔を隠してヘルメットをかぶり、角棒を持った「全共闘」と呼ばれる過激派が台頭してきた時代です。

ビートルズが解散するのが1970年ですので、Hey Jude はビートルズの活動のほぼ最後の局面に近いところで作られたものです。
この時までいくどとなく耳にし、目にしてきたあの有名なビートルズというものに心奪われたセンセでしたが、従いまして、彼らのデビュー曲に衝撃を受けた兄らの世代とは異なり、センセにとってビートルズを知るということ、すなわちその興味~探索の方向は、1962年の彼らの誕生に向けた、レトロスペクティブなものとならざるを得ませんでした。
また同時に、いや増す世情の雰囲気は、Hey Jude の優しいメロディーとは大いに異なる、violent かつpsychedelic な、新しいタイプのロック音楽を生み出しつつありました。
興味深いことに、ビートルズやローリングストーンズを初めとする60年代のロックのスーパースター達の多くがイギリス出身でした。一方、彼らに触発されたアメリカの若者達はこれをさらに発展させ、いまや音楽にとどまらず、ヒッピーなどに代表される「既製の文化に反逆する若者文化」が世界を席巻しつつありました。
このような当時のアメリカの若者が持っていた「怒れるエネルギー」の源の一つが、「徴兵制」のもとでのベトナム戦争にあったというのは異論のないところだと思います。そしてそのような若者達の怒れるエネルギーが音楽を通して余すところ無く発現したのが、1969年のウッドストック音楽フェスティバルでした。

次回は、1962年頃からウッドストック頃までの軽音楽シーンを振り返ってみたいと思います。


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このページは、喜源テクノさかき研究室が2016年10月20日 20:36に書いた記事です。

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