昭和40年代:時代と音楽-10

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そもそも音楽は聴くものであって語るものではない、と言うほとんど反論の余地のない考えが頭から離れない・・・。
でも、音楽が好きな人たち同士では会話が成り立つ。
特に、あるジャンルに対して共通した興味を共有している時、会話はよりはずむ。
ならば、そののりで話していけば良いのでは?
と考えたら、少し楽になりました。

要するに、「好き放題に書いていきます!」

当時のアメリカのポップな黒人音楽(この場合ポップというのは「はやり歌」ぐらいの意味です)の世界は、ソロ歌手としては、サム・クックやジャッキー・ウイルソン、レイ・チャールズが活躍し、グループとしては、いわゆるドウワップ音楽が華やかだった時代です。
上記三人以外で当時の日本でもヒットした曲には、リトル・エヴァの「The Locomotion」、マーベレッツの「Please Mr. Postman」、アイズレー・ブラザースの「Twist & Shout」、ベン・E・キングの「Stand by Me」などがあります。チャビー・チェッカーによるツイストの流行も、この当時の雰囲気をよく表しています。一見してわかるように、初期のビートルズにも大きな影響を与えています。

サム・クック、ジャッキー・ウイルソン、レイ・チャールズなど、みな、教会でのゴスペル時代を過ごしています。ゴスペル音楽とは「黒人教会で歌われる賛美歌」のことですが、1982年のドキュメンタリー映画「Say Amen, Somebody(邦題:マザー)」が、ゴスペルの真実を余すところなく描いています。あるいは1980年の映画「The Blues Brothers」にも、牧師に扮するジェームス・ブラウンが教会で飛び跳ねながら歌うシーンがありますね!

この時代の黒人歌手の多くが、多かれ少なかれ、ゴスペルの影響を受けています。


さて、1959年、アメリカのデトロイト市に、ベリー・ゴーディ・ジュニアという名の黒人男性が、タムラという名の黒人音楽専門のレコード会社を設立しました。その後のアメリカ音楽シーンに非常に大きな影響を与えることとなる「モータウンレコード」の始まりです。

前回、「ざっくり言って、当時の黒人流行歌は、モータウン系とアトランティック系に分けられる」と書きましたが、その一方の雄がモータウンレコード。モータウン=モータータウンという名前は、もちろん、デトロイト市がGM(ゼネラルモータース)のお膝元だからです。

今でこそデトロイト市は財政破綻の都市として有名ですが、モータリゼーション華やかなりし当時、巨大自動車産業を支える労働人口の多くを占めた黒人達の間で、モータウンの音は熱狂的に受け入れられました。そして程なく、その音は白人の間にも多くのファンを生み出し、70年代から80年代にかけては、スティービー・ワンダー、ジャクソンファイブ、マービン・ゲイなどのビッグアーチストを輩出することとなるのです。

本日はここまで!



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このページは、喜源テクノさかき研究室が2016年10月31日 20:37に書いた記事です。

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