疲労・休養・栄養・運動-18

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話を分かりやすくするために、簡単な思考モデルを考えてみます。求める答えは、「生涯に於いて、最大の成果をあげるのには何が必要か?」です。難しそ~~。

単純な肉体労働のモデルを考えます。ベルトコンベアーの前で荷物を箱に詰める作業を想像してください。「生涯成果の最大値」は、生涯の間に箱に詰めた荷物の総重量と致します。問題を簡略化するために、以下の様ないくつかの前提条件を設けます。3~4番の前提条件は、話が進むにつれて変化して行きます。

1. 工場は一日24時間一年365日稼働し、8時間で3交代の勤務体制

2. 作業期間は、30歳から65歳まで

3. 作業者の一日あたりの最低勤務時間は8時間。残業は+8時間ずつ。

4. 作業者間には能力の差は無い

以上のような最も簡単な条件の下では、成果の最大値は、8時間×シフト数×365日×35年×W で求められます。Wは1時間あたりに箱詰め出来る製品重量とします。作業者間の能力差によって変化する変数です。

以下に、色々条件を変えていきます。まず、一日8時間365日労働を変化させます。

休日は休みたい、と言うヒトは、そうでないヒトに比べ、他の諸条件に変化が無ければ、成果の最大値は減少します。残業するヒトは、そうでないヒトに比べ、他の諸条件に変化が無ければ、成果の最大値は増加します。病気その他で仕事を休んだ人は、そうでないヒトに比べ、他の諸条件に変化が無ければ、成果の最大値は減少します。

当たり前の結果ですね。どんどんやってみます。作業時間を変えてみます。

残業して2シフト仕事するヒトは、必然的に食事時間や睡眠時間などの休養時間を削る事となるので、健康にはマイナスの影響を与える、と考えられます。その結果、65歳まで働けなくなる確率が高まりますので、成果の最大値は、残業によるプラスを加えてトントンか、或いはマイナスと成る可能性があります。反対に、休日を休むヒトはしっかり休養が取れますので、病気になる確率も少なく、65歳までしっかり働ける可能性が高くなります。このときの成果の最大値は、数式の365日から52日を引いた値と成ります。

この様に考えると、残業などで短期的に成果が上がったとしても、必ずしも「生涯成果の最大値」が増加する訳ではない事が分かります。残業によるプラスを加えてトントンであったとしても、その病気が致命的であればそれ以降の人生は無くなりますので、これは大損となります。

次に、作業者間の能力には差がある、とします。

時間あたりに箱詰め出来る能力に差があるとします。他の諸条件が変わらなければ、箱詰め能力が優秀なヒトは、成果の最大値が増加します。マネージメントに能力のあるヒトが居て、人員配置を工夫した結果、効率が上がりました。成果の最大値は大きく増加します。工学に能力のあるヒトが居て、ベルトコンベアーの機械を工夫した結果、効率が上がりました。成果の最大値は、これも大きく増加します。以下同様。

能力の高いヒトは、同程度の成果をあげるのに必要な時間が少なくて済みますので、その分休暇をとる事も出来ます。能力の高いヒトの中でも、マネージメントや機械の効率など、より根本的で質的な変化を生み出せるヒトは、ラインから外れて、より給与の高い地位に移動する事と成ります。

最後に、訓練その他によって作業者の能力が高まる状況を想定します。

質的変化を生み出せる程に能力の高いヒトは稀ですし、シフト残業を増やすことで体を壊す確率が高まりますので、最後の手段として単位時間内の箱詰め作業を最大化する訓練を行う事とします。結果、集中力も高まり、能率が向上しました。これまでのダラダラノロノロ作業に比べて、成果の最大値も増加しました。これに味を占めて、この能力を維持したまま残業する、と言う事を企てました。結果、体を壊して早期引退を余儀なくされました。他の人は、食事量を増やしてエネルギー持続時間を高め、結果として箱詰め速度を上げようと考えました。成果は向上しましたが、いつの間にかメタボとなりまして、長期療養を余儀なくされ、最大効果は平均値よりも低くなってしまいました。

訓練によって、ヒトの能力は向上し、能率も上がります。しかしながら、それに対応する休憩時間~休暇期間が無ければこの能力は維持出来ず、これを無理に維持しようとすると体を壊す原因となり、成果の最大値が得られなくなります。ここからは、「欲をかくと結局損する」と言う教訓が得られます。食事量を増やす場合も成果は上がるでしょうが、適正量を見極めるのが困難ですので、メタボに陥る可能性が高まります。メタボは病気になる確率が高いと想定しておりますので、やはり成果の最大化には不利に働きます。

以上、ごく簡単な思考実験を行ってみました。当たり前の事ばかりですが、実は大きな意義を含んでいるようです。それは、「生涯という時間軸でものを考えた場合、短期的な効率性は余り意味をなさず、寧ろ逆効果と成る可能性も存在する」と言う事です。特に短期的な効率性を追求する余りに体を壊す結果となった場合、これは「生涯獲得成果の最大化」どころか人生そのものを台無しにする結果となる可能性が高いわけですから、「無理をしてはイカン!」と言う人生訓が正当化される事となります。例えば、先頃亡くなった東映フライヤーズの尾崎投手などは現役時代は才能豊かな大投手でしたが、あれほどの大記録を打ち立てながらも、結局肩を消耗して早期引退を余儀なくされました。これが現代であったなら、投手の肩の寿命問題も科学的に扱いますので、無理な登板をさせる事も無く、選手生命も長くなり、「生涯成果」と言う観点から見れば、これを最大化出来たかと思われます。そこのところの自覚があれば、マー君などは平成の大投手として末永く名を残す人物と成るのでは?とも考えます。個人的にはマー君のあの面構え、最高ですね!!!ナントカ寺の四天王像の様です。

「訓練によって能率を上げる事は重要ではあるが、これに頼り過ぎて欲をかくと、最後にケッチンを食らう」と言うのも本質的に同じ問題です。能力を高めることは大変重要な事ですが、これも限度を知る必要があります。迷ったときには「生涯的最大効果の観点から見た場合、この努力はペイするのか?」と言う視点を持つことは重要です。

あ、今丁度黙祷の時間ですので、一旦止めますね!

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このページは、喜源テクノさかき研究室が2013年8月15日 09:13に書いた記事です。

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